その日

盛岡から北へ車で1時間半。八幡平市の安代で急用ができ、午後の予定をキャンセル。

2時過ぎ、思ったより無事に用事が終わった。

そういえば車に積んでいたスキー用具。

 

安比スキー場でひと滑り

思えば去年も1回、今年もまだ滑っていない。

以前は地元の網張、下倉、田沢湖スキー場はもとより、苗場、天元台、蔵王や猪苗代と出掛けていた。

 

スキー場の麓に様子を見に行くと偶然、知り合いに会った。

「これからですか?もう3時になりますよ?」

「うん、軽めに」

談笑していると競技大会で、戦い終えたという彼の息子さん。

「えっ、今から? 泊りですか!」と羨ましそうな顔で、一歩前に詰め寄る。

「うん2、3泊するつもり。冗談だよ、今日帰るよ」

きっと泊まりで、ナイターまでガンガン滑りたいのだ。

まだ中学生、その気持ち、よく分かる。

 

まずは遅いランチ

腹ごしらえは、スキーセンターでラーメン。

硬めで、スープも美味しい。

若かりし頃の「スキーランチ」は、カレーかラーメン。

昼はラーメン、夜にカレーでナイターまで滑っていた。

疲れた身体に、これが美味しいんだ。

 

 

そして、そんなこんなでゴンドラへ乗り込んだのは、3時半近く。

 

 

 

頂上から真っすぐに3.5キロのダウンヒルを一気に!

滑り出すと太腿の筋肉が役に立たない。

 

やや硬めのアイスバーンから、中腹からはザラメだが安定していた。

何度も休んだのは重い雪のせいじゃない(笑)

 

 

用事のあった八幡平市安代町の荒屋新町のこと

街を歩くのは久しぶり。

10年前? いやいや20年・・・

街道沿いに連なる家並みは、今でも想い出とピタリと重なった。

 

 

 

 

荒屋新町の駅は、人影も無かった。

当時は花輪線の中核的な駅で働く人も、行き交う人も多かった。

 

 

ちよっと裏に回ると泥交じりの雪の壁。

まだまだ高い。

 

 

 

ここは、中学時代に2年ほど暮らした町

父は、サラリーマンで、その頃に色々と大変な事が起こり、わけあってこの地に。

 

半年ほど過ぎた頃、父の吐血を見た。

玄関脇に積まれた薪にもたれかかり、雪灯りに黒く見えた液体は勢いよく雪に落ちた。

かき氷にかける濃い液体の様だった。

蒼ざめて騒ぐ母。

「大丈夫だ」と言う働き盛りの背中に、父が抱えている苦悩の重さを見た。

 

翌朝、純白の雪が降り積もり、なんの跡形も無かった。

 

高校へ行くために父を残し、母と妹と街に戻った。

その後、数年の単身での暮らし。

雪深い夜、暗い家に帰り、

防寒コートのままで背を丸め、一人炬燵が温まるのを待っている。

今になって、そんな父の姿が目に浮かぶ。

 

 

寄り道

帰りは、東北自動車道に乗らず下の道を走り、寄席豆腐と湯葉の店に寄った。

ここで食べたかったのが「コロッケ」と「薄緑色の古代豆の寄席豆腐」

 

 

やっちゃった!

帰り道でコロッケは食べてしまい、家に着くなり空腹に任せて、

淡い薄緑の「籠入り寄席豆腐」を爆喰い!

 

 

ジンバブエ

籠を洗って撮った(笑)

民芸品的なしっかりとした籠でした。

空腹を満たし一息。

すると、ふと想い出した。

父が逝ってしまう間際、傍に呼び寄せられ、僕の名前を呼んで言った。

「例えば・・・ジンバブエだ」

怪訝な顔の息子に言いたかったのは、

「罪のない哀れな人達に出来る事をしてみなさい」ということだった。

 

今の自分にとって、ジンバブエは、遥か彼方

 

 

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