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毎年、暮れになるとある人からの電話を待っている。
もう15、6年続く、美味しい林檎の電話。
ただ、彼は、このところ体調が良くない。
12月の半ば、鉈屋町の町家物語館のカフェにいると電話がきた。
元気そうな声。
待ち合わせは駐車場。
車のエンジンをかけ、温度設定を高くする。
暖まった頃、彼が着いた。
段ボールに山積みの林檎。
蓋が閉まらない。サンフジ、フジ、ジナノゴールド、はるか。
紅と黄が混じり、綺麗だ。
抱えるとずしりと重く、優しく甘い香りに包まれた。
礼を言い助手席に。
「20キロ痩せた。でも、まだ60キロ以上ある」
車から溢れる二人の笑い声。
「友達のところで「若くなった」と言われたよ、痩せたからね」
また笑う。
昨年は無機質な笑顔で、頬に不自然な皺が刻まれていた。
去年より、良さそうだ。
胃癌になり、胃を切除。
数年後、
膵臓に転移しており、一年を越える抗ガン治療が続く。
大きくも小さくもなっていないそうだ。
今は、親から引き継いだ農業を家族としている。
前なら、カフェで珈琲だが、
食べても飲んでも、たいていは直ぐに出てしまうと聞いていた。
体の循環が悪いので冷えるという。
車を暖めておいて良かった。
偶然、知り合いが通りかかった。
「なんだ、男二人で車の中とは?」
彼は、笑いながら、
「元気そうだね、まあ、俺とは今生の別れになるかもしれないよ」
言われて窓を軽く覗き込むが、
彼の笑顔に騙されて手を振り歩いて行った。
見送ると辺りはとっぷりと暮れていた。
早速、楽しみにしている人達に分けて回った。
その晩、メールが来た。
「美味しかった。
形は色々でも、きっと自信があるものを届けてくれたんだと思う。
この一年の林檎の成長と自分の命との並走。
きっと林檎の樹も美味しい実がなって喜んでいると思う。
美味しくて涙が零れてしまいました。
来年もいっぱい蜜の入った林檎を楽しみにしています、
とお伝え下さい」
そのまま伝えた。
林檎の樹を眺める彼の背中は痩せても鈴なりに実を付けた。
今年も格別の林檎。
「命の林檎」は、瑞々しく歯ごたえよく、噛むほどに甘い。
一気に2個食べた。
春になったら、林檎の白い花を見に行くとしよう。
それから、5月下旬と6月早々になって昔の仲間と会う機会があり、
彼を交えて呑みたいものだと話していた。
ある日の夕方、何となく彼に電話した。
出ない。
いつも、その日のうちに来る返信は無かった。
2、3日後、
ある人からの電話、
ずっしりと腰にくる段ボールから出てくる林檎の芳醇な香り、
抱える彼の笑顔が浮かんだ。
葬儀に行った。
焼香の後、見送る奥さんが列から1歩前に出た。
「本当に、ありがとうございます。ブログにまで・・・」
差し出された手を両手で包んだ。
「長い間、美味しい林檎をありがとうございました」
涙で頷くだけの喪主に続けた。
「あの日の夕方、電話しました」
逝ってしまった数時間後、携帯は、どこかで振動していた。
彼は、林檎の花の咲く頃、
病室で家族と共に闘っていたそうだ。
本当に美味しかった「命の林檎」