<音楽が出ます、音量に注意>
シンプルな暮らしを目指そう。
なんて思い立ち、
少し不要な物の整理を始めた夕方。
よくありがちに、机の引き出しから出てきた、
ちよっとした宝物に、手は止まる。
豆本。
宮沢賢治の 「銀貨鉄道の夜 Ⅰ」
小さな本から宇宙の誕生の様に、無限に広がる空間の中にいた。
「明日、賢治を訪ねてみようかな?」
呟きは、珍しく声になる。
ふと、古い友達に逢いたくなった様に。
「Ⅰ」と記してある。
幾冊まで続くのだろう?
これをポケットに入れ、持ち歩いたら、
ゴミと一緒に捨ててしまいそう。
ジョバンニは、学校の午後の授業さなかから始まる。
母は、病で彼は、働きながら学校に通う空想好きの少年。
そして、ある夜、星空を眺めている。
「銀河ステーション」と不思議な呼びかける声。
すぐに、もの凄く眩しい光。
すると汽車に乗っていた。
カンパネルラとの旅が始まる。
そして、豆本の終わりは、
河原の礫(こいし)は、みんな透きとおり、水晶やトパーズ、
蒼白い光を出す鉱石。
水辺に駆け寄るジョバンニ。
その水に手を浸すとあやしい銀河の水は、水素よりも
透きとおっていた。
そこで「Ⅰ」は終わり。
翌日、
高所恐怖症は2人の共通で、さらに閉所恐怖症の人を誘い、
宮沢賢治を訪ね、花巻に向かった。
途中、
「イギリス海岸に、行ってみようよ」
「そうだね」
早春の北上川は、案の定、深い。
雪解け水が朗々と流れ、風も冷たい。
浅い時の眺めは、映像として頭にあり、工夫して説明する。
「そういえば、見たことがあるかも?」
もう少し暗くなれば、
この木の形も、おどろおどろしく迫力を増してくるに違いない。
さて、急がないと閉館になってしまう。
宮沢賢治記念館は、山の上。
道路を挟んで麓にあるのが、博物館と童話村。
今日は、童話村。
陽が傾いた今の時間は、
丁度、自分の影が通路に伸びた。
館内に入る。
椅子のオブジェが並ぶ部屋。
不思議と落ち着くが、隣の人は、やたら近くて静かだ。
自分が昆虫や植物より小さくなる。
ここで、ついに閉所恐怖症の人は、
背の高い僕のコートの裾を握り始めたので、
振り向くと殆ど眼を閉じ、背中を探りながらついて来る。
蒼の星の河を渡る。
入口に戻ると、
「どんな風だったの? あ~怖かった」
スマホは便利。
「やっぱりね~、写真で見ても怖いな。閉じ込められそう」
だいぶ陽は傾いたものの、まだ青空が広がっていた。
ロッジ風の小屋が並び体験からお土産まで。
ここら辺りで先頭が変った。
ウッドの階段に影が伸びる。
幅の広いジーンズじゃないし、
十頭身じゃないのに長い影。
「これに、つばのある帽子を被れば、まるで賢治ね」
庭には、一面、蕗の薹が咲き乱れていた。
まだ枯れている草の中に、
無数の緑が散らばる。
春の足音は、小さい。
静かに近づいては、後戻りするに決まっている。
「子供の頃、宮沢賢治の童話って怖かった。暗闇の中にいて人間が、
あまりにちっぽけに思えて」
豆本の終わり
銀河鉄道にのって綺麗な河原に着く。
「砂はみんな水晶だ」とカンパネルラが言う。
「そうだ」とジョバンニも答える。
土産店に並ぶ、
数々の鉱石は、綺麗に輝く。
土の中から出て来たというより、宇宙から降って来た様な気がした。
そして、帰りは、
宮沢賢治も、よく、かしわ南蛮を食べたという
「嘉司屋」で、蕎麦。
さて、盛岡へ帰ろう。
玄関で、すれ違った二人。
童話村で何度も見かけた。
あの女性達も同じ様に、
賢治が大好きな蕎麦を食べに来たのだろう。
蕎麦とサイダーを好んだらしい。
サイダー、
久し振りに飲んでみたくなった。
帰り道、
「ねえ、そういえば、確か、銀河鉄道の夜の終わりの方は、
カンパネルラが、溺れそうになった級友を助けようとして
死んでしまうのよね」
「そして、ジョバンニは、お父さんが帰って来る事を聞かされる」
「たしか、そんなふうだった」
しばらくの間、
車の走り続けるエンジンとタイヤと風の音が、車内を流れていた。