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3月の上旬、
花巻の大沢温泉の帰り、
「高村光太郎山荘って近い?」
「ここからだと、近いよ。でも、いつだったか、一緒に行ったはずけど」
「そう、だったかなあ、行ってみたいの」
花巻の街に向かう道から右折した。
駐車場は、除雪した雪が、まだ山に。
陽が傾いて硬くなってきた雪、
歩くと少し鈍い音。
智恵子は東京に空が無いといふ
ほんとうの空が見たいといふ
<智恵子抄より>
智恵子の言葉を胸に秘め、高村光太郎が7年も見上げた空。
いやなんです
あなたのいってしまふのが・・・・・
<智恵子抄より>
言葉なき君が唇にすすり泣けり
森も、道も、草も、遠き街(ちまた)も
わたしはもうじき駄目になる
涙にぬれた手に山風が冷たく触れる
私は黙って妻の姿に見入る
意識の境から最後にふり返って
私に縋る
この妻を取り戻すすべが今の世に無い
私の心はこの時二つに裂けて脱落し
閴(げき)として二人をつつむ此の天地と一つとなった
<智恵子抄より>
想いを抱きしめ、奥羽山脈の懐、
雪の深い花巻の山里の山荘での暮らし。
当時の村人は、一本一本、木を持ち寄り、
光太郎の住んでいた小屋を覆い、鞘堂を建てた。
朽ち果てない様、
そして、
「いつ帰っても大丈夫」の想いも込めて。
真冬かと想う、深い雪、
白と黒、高村光太郎の世界は、モノトーンがよく似合う。
彼は、何を見て、何を想ったのか。
此処から十和田湖畔の乙女の像の制作に行った。
「きっと二人だったのね、いつも」
と言いながら、こっちを覗く「あなたには、できっこない」
という眼。
太平洋戦争のさなか、
アトリエも焼け、
東京から雪に覆われた氷点下の山里に、
やって来た光太郎は、一人ではなかったのだろう。
<山荘にあった写真>
小鳥のやうに臆病で
大風のやうにわがままな
あなたがお嫁にゆくなんて
いやなんです
あなたがいってしまふのが
<智恵子抄より>
智恵子を心に抱いて疎開。
光太郎の心は、温かい。
いつも、傍にいる智恵子に語りかけ、
この山荘で人の道を考え、追い続けた。
「どうしたの? うるってきてるの?」
大袈裟な動きで、覗き込んで来る。
今日は、一人じゃなくてよかった。
もうじき、この山荘にも眩しい春が来る。