<自動で音楽が出ます。音量に注意>

 

先週、ある先輩から、十年ぶりぐらいに電話があった。

「S君の、近況を知らないかな?携帯も家に電話しても繋がらない。大震災の後、沿岸の被災地に応援に行ってるはずなんだが」

「いや、今は、海外に居るようですよ」

「はあ~、海外旅行? いいね~」

「いや、旅行じゃなくて、もう2、3か月は、海外のようです」

「え~!そうか、彼を激励しに大船渡に行ってみようと思ってね」

「僕も、ひょんなことから連絡が取れてマンゴーが豊作だとか、この間は5日間も豪雨が続いていたとか。でも、写真は、美しい晴れた空でしたが」

「そうか、どうもありがとう。音信不通だと思えば、海外に行ったのか」

翌日、また電話が来た。

「あのね、S君は、どこの国に行ったの?」

「バヌアツの様です」

「バヌアツ!オーストラリアの北にある絶海の孤島だよね。そこに送るわけにもいかない。今朝、外国に林檎を送った事がある人に聞いてみたら、ひと月もかかったそうだよ」

「それは、船便でしょう。アップルパイになっちゃいますよ。船では無理でしょう。」

そして、久し振りの電話の縁もあるし、美味しい林檎だから僕に貰ってくれという事だった。

とにかく早く、ということで先輩の家に向かった。

かれこれ、二十年振りぐらいになるだろう。先輩は一人だった。

早速、箱入りの林檎を持って来た。

「いやいや家の分は、別に買っちゃってね。開けてみて、献上品なんだよ」

言われるままに箱を開けた。いい香りと見事な林檎が並び、一つ一つ、小さなシールに名前とキャッチが書かれ、二重に包装されている。盛岡辺りで採れる林檎は、贈答品が多いと聞いたことがある。

 

「はるか」

 

「サンフジ」

 

そして「シナノゴールド」

 

みんな見事な林檎だ。

 

炬燵で昔話になり、二人で盛り上がる。

すると「にゃぁ」と鳴いて出て来た。

「野良猫なんだが、色々あって飼う事にしたんだよ。この間、誕生日で23歳になった。長寿の猫なんだ」

とても嬉しそうだ。見せたかったのだろう。

あれ、しかし、野良猫の誕生日をどうして知っているのだろう。

背中は曲がっていると言うが気にならない。綺麗な毛並みで何とも美しい御婆さん猫。長い人生を振り返っている様な、憂いも漂い美しさを際立たせている。

 

 

猫に向ける先輩の眼を見れば、とても可愛がっていることが、すぐ分かった。

 

 

誕生日の疑問を聞いた。

出会いが、だいたい生後2か月とみたので、飼い始めたその日から2か月遡って決めたそうだ。何とも先輩らしい。

話が弾みとても愉しい時間だった。それにしても昔話になると、時間が駆けて行く。

お礼と彼へ連絡することを約束して林檎を車に積み込んだ。

 

帰って早速、剥いてみた。

 

 

 

サンフジ、シナノゴールド、はるかとも、瑞々しく酸味と甘みの比率が違っており、それぞれが格調高く、とても美味しい。

 

 

 

あっという間に、2個と半分を食べてしまった。

その晩、S君に2日間の先輩との顛末、林檎の美味しかったこと、それに「バヌアツで林檎はあるのか?」という質問も添えてメールした。

翌日、返事が来た。

「ご面倒をおかけしました。先輩に、よろしくお伝えてください。まあ、漁夫の利って具合で勘弁してください」

それから、バヌアツでも日本の半分ほどの大きさの林檎が一個100円ぐらいで売っており、すべてニュージーランドからの輸入品だそうだ。

 

真っ青な海と空。南の絶海の孤島の国。そこで市場に並ぶ小さな林檎を手に取って岩手に想いを馳せるS君の顔が目に浮かぶ。半袖シャツ姿で、ニコニコ顔。

雪の正月に、もし帰ったら先輩と一緒に林檎の話を肴に呑みたいものだ。先輩にfacebookを教えなくてはと思ったが、今のまま中継している方がいいのかもしれない。

それにしても、雑味の無い甘さの林檎だ。美味しい。S君に、思い切り、ガブリとやらせたい。

近い将来、南の島の市場に盛岡の甘い林檎が並んでいるかもしれない。