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午後4時過ぎに用事が済んだ帰り盛岡の近郊の産直に寄った。サンフジと和梨と、それに烏骨鶏の卵があり買ってみた。乙部という地区の産直には、近くで採れる大粒のブルーベリーが特産で、冷凍にしたものを目当てに行ったが、残っていたのはラズベリーが1袋。

売り場は、林檎の独り舞台。その中でもサンフジは、気持ちいいほど真紅だ。ふと「サンフジ」と「フジ」は何が違うのだろうと思った。

レジで聞いてみる。

「サンフジは、サンという名のとおり袋をかけずお日様にあてるので蜜ができます。でも、蜜の辺りから弱るのであまり日持ちがしないのです。フジは、袋をかけたもので比較的、日持がちします。」 なるほど。まだ、時間があると思って外に出たら、真っ暗で一瞬、時間の感覚が麻痺した。時刻は、まだ4時45分。

市街地に向かう道が混んでいたので東に迂回してみた。沿岸の宮古に向かって着々と伸びる高規格道路の工事は急ピッチだ。巨大な甲殻類の様な重機がトレーラーに積み込まれていたり、コンクリートの橋の工事など、一転した光景に驚いた。

峠を越えると国道106号にぶつかり、そこから西に走る。

久し振りの道だ。

市街地に差し掛かって「エビス亭」という看板が目に入り、思わず右折した。懐かしい物を見つけた。時間は、まだある。

ドアを開けると二十数年前の空間が目の前に広がる。

 

 

いつものテーブルは空いていたが、手前の席に座り奥を見る。そして変わらない店の中を見回していつもの場所に戻ると、長い髪を揺らして顎を上げて笑う人が座っていた。

 

 

秋の海を見て来た帰り道。盛岡の街の灯が見えて来る辺りにエビス亭がある。

「エビス亭で生姜焼き定食、食べる! お腹すいた。」

海辺を肩を並べて歩いた帰り道。つまらないことから喧嘩になり、しばらく無口で走って来た。車に逃げ場は無い。でも、生姜焼き定食は、妙薬だった。

 

 

区界高原の帰りに寄る時は、たいていホットケーキだった。

薄めに焼いてある。先に一枚食べて残りの一枚の半分を君が食べる。

 

 

 

昔は、銀色の紙で包んだ小さくて四角いバターだった。その人は、バターを塗って小瓶に入った蜂蜜をたっぷりかけ、笑いながら彼を見る。

「かけすぎたかな?」

 

 

あの頃は、よく食べ、よく笑った。そして喧嘩した。

 

 

二年ほど過ぎたある日、エビス亭で待ち合わせた。別々の車で来た。

「もう逢わない、逢いたくない。」

言葉を聞いた途端、役に立たない自尊心が後戻りのできない言葉を口に出す。訳の分からない怒りを抑えきれずに、レシートを掴み、「立ち上がったらおしまいだ。」と分かっていても、彼は、一歩を踏み出した。

 

 

たしか、銅板か真鍮の人形。大きな魚を抱えて誇らしげだ。

 

 

 

三十七年を迎えた「エビス亭」で、二十数年ぶりに若い二人と再会した。

今なら、彼女も、立ち上がった男を制して言うだろう。

「ほら座って、しっかり聞いて。」

 

 

ところで、ホットケーキとパンケーキの違いって何だろう。

ネットを見たら、多くの情報が出た。ホットケーキは、商品名で温かいケーキだからの名前らしい。色々な話を読み、少しほっとした。それだけ話題になるわけで、疑問に思っても無理はない。考えてみたら、どら焼きの皮も似ていると思う。エビス亭で奥に座った二人なら、そんな事でも、珈琲をお代わりして話し続けていたかもしれない。

 

日常に埋没している事は、山ほどあって無数の傷が層をなしている。その上で笑って日々を生きている。二十数年前の事が何かの拍子で現れても、真鍮の輝きが落ち着いた色になる様に微かな痛みが体中に拡がっても煙草の煙の様に消えていく。

家に帰り、あらためて知ったサンフジをの歯ごたえと甘さを味わう。美味しい。

さて、長い夜は深煎りの珈琲でゆっくりするとしよう。