<音楽が出ます、音量に注意>

 
 
近くの交差点から見えるレンガの壁、
目の前に立つと伸びる背筋。
 

 

レンガに挟まれた路地の様な通路を進む。

突き当りのドアを左に曲がれば、

マスターの創る別世界の入口。

 

 

一関は地主町、jazz spot BASIE

 

 

「どうしたの、早く入ろう、なにためらってるの?」

屈託のない笑い声が伸びた背中を押す。

 

 

この空間に入る時、気合がいる。

でも、座って小さなチョコレートと珈琲を一口飲めば、

不思議と心は、解き放たれる。

 

 

マスターは、入って右のテーブルで万年筆を握り、

原稿に向かっていたがレコードが終わり、立ち上がった。

「すいません、写真撮っていいですか、2、3枚」

思い切った。

「いいよ」

ひと言交わして、もはや伝説的なマスターのオーラに引き込まれ、

身体の芯までJAZZ。

 

ピアノに置かれた、

紅のビロードの造花の様に咲く薔薇、

一輪。

残念ながら、その色を写せない、写メも未熟。

 

 

 

席に戻り、軽く眼を閉じると、

鍵盤を弾く指、ドラムを叩くスティック、

ライブの始まり。

ピアノの上の薔薇が一緒に揺れる。

 

「誰かがピアノを弾いてるみたい!」

ゆっくりと眼を開けると、

とスピーカーを背に彼女も眼を閉じ、

小さく身体を揺らし始めた。

 

 

ベイシーに初めて来たのは、十代後半。

一関の従兄に連れられ、一番前に。

確か10分ほどして従兄の耳元で言った。

「もう、出たい」

 

学生時代の後半には、

jazzは、詳しくないが、好きになっていた。

 

社会人になり、忙しい時代に飲み込まれ、

逢うのは、せいぜい年に1、2度、挨拶程度。

 

時の流れは早い。

働き盛りの従兄が入院したとの連絡。

笑顔を見届け、ベイシーに寄った。

 

退院し、逢いたいと連絡が来た。

久々にベイシーや一関界隈をゆっくり巡り、

幼い頃の話で大笑い。

 

数か月後、また電話。

その日は、カフェで話した。

彼は、子供の話しばかり。

上の子は、優しく気遣ってくれるが下の子は、

反発ばかり。

自分の事が嫌いなのだと真顔で言う。

娘達の将来が心配だと。

顔色も良いし、全身で笑っていたが、時々、疲れた様に瞳が曇る。

別れ際、

車に乗り込むと窓の傍に屈んで、

「娘達のこと、頼んだよ」

 

 

ひと月ほどで再入院の連絡が来た。

覚悟して、一関に向かった。

病室には沢山の懐かしい顔。

皆に即され、

白いベッドの前に立つとゆっくり顔を向け、

力の無い白い腕を上げるだけの手招き。

傍によると一瞬、両眼に力が漲った。

何度も深く頷くと目を閉じた。

 

子供の頃、従兄達の住む母の実家に泊り、

遊び疲れて帰る時、

「じゃあ、またね」

と手を振る彼を想い出した。

その後、すぐ、黙々と勉強したらしい。

 

 

ベイシーを出ると心の透明度が高まる。

ドアの方を振り返っていると、

「ほら、帰ろう、もう暗いよ」

彼女の笑顔に引っ張られる。

 

 

 

 

ベイシーの夜は、これから。

きっとね一番前の席にいるだろう彼を残し、

盛岡へ向かった。

 

「なんか、想い出に捕まってたでしょ?」

頷くと、

「暗い話みたいだから、聞くのはやめようかな~」

つい、罠に嵌って話し出す。

 

ひとしきり話すと、

「で、お子さんたちは?」

2人とも元気でやりたい事を頑張っている。

「面倒をみてあげたのね」

従兄の娘達は、自分達でしっかり生きている。

 

何もせず見守ってきただけだ。