昼も夕方も行列ができる店だ。

盛岡の城跡の南の端、中津川に架かる下の橋の辺りにある。あるいは川徳デパートの裏と言った方がいいかもしれない。

食いしん爺は、建て替える前から時々、通い続けている。

ここ7、8年だろうか、親方の努力が、どんどんお客さんに伝わり、今や超人気店だ。

 

爺は、7時を過ぎてから店に向かう。だから、店に入るのは、7時半ぐらいになる。

しめしめ席も、まばら。

いつもの様に、「韃靼、挽ぐるみ、更科」を一枚ずつ。ここでは、三種の蕎麦を食べれるのだ。それと、「季節のかき揚げ」と「ゲソ天」と「大根の粗おろし」をお願いする。

 

更科から。蕎麦のみの中心だけを使った蕎麦。

上品な甘さ。美味しい!

 

 

雑然と盛られているが美しい。そして、のど越しが抜群!

 

 

次は、挽ぐるみ。

蕎麦の実、甘皮も含め、すべてを挽いた蕎麦。蕎麦らしい蕎麦。

 

 

 

そして韃靼蕎麦。

これが、また美味しいのだ。

見た目は、ほのかに黄色が入っている感じ。ルチンが沢山(ポリフェノールの一種)入っているとのこと。

爺の周りには、一番、この蕎麦が好きだという人も多い。

 

 

 

 

 

大根の粗おろしは、残さず入れます。

 

 

たれもたっぷり。

仕上げの蕎麦湯もお代わり。

 

 

ホクホク、サクサクの「季節のかき揚げ」と柔らかい「ゲソ天」を蕎麦の間にはさみます。

 

 

 

 

そして、韃靼蕎麦茶もあります。

お湯を注ぐと辺り中に蕎麦が香ります。正に、ポリフェノールのルチン茶。

 

 

間口は狭いが、奥に深く伸びており、小上がりで宴会もできる。

多分、「蕎麦食い処 やまや」の親方のこだわりは、三種の蕎麦だけではなく、店の造りにも表れていると思っている。とにかく木の質感をいっぱい感じます。

 

親方をよく知っているわけではないですが、黙々と蕎麦を打つ姿を見てきました。

時々、蕎麦打ちの方法や韃靼蕎麦の由来など手書きで壁に貼られています。盛岡食いしん爺は、そういうところや値段に、彼のお客さんへの想いを感じています。

そういえば、近頃、弟子入りした人が頑張っていました。

 

 

 

8時を過ぎたので営業中の看板も店の中にしまわれました。

看板も、手作り風です。

温もりを感じながら、涼し気な蕎麦を食べます。

 

 

 

この店は、盛岡城址の南の端で、擬宝珠の下ノ橋から歩いて1分。橋のたもとに清水があり、「賢治清水」といいます。宮沢賢治がこの辺りに下宿していて使っていた共同井戸が現存しており、その井戸の水脈を活かして更に堀って15、6年前に詩碑とと併せて建立したとの事です。

盛岡の街には、今も使われている清水が幾つかあります。

 

盛岡の下街を二分する下の橋の擬宝珠。上の橋にも擬宝珠があります。

下の橋、中の橋、上の橋を東に渡ると古い街並みが目立ってきます。

 

 

清水の反対のたもとには、教会が建っています。

 

 

 

 

橋のたもとの清水がある。

その水を汲みに来た人。

 

 

その名は、賢治清水。

 

 

宮澤賢治は蕎麦好きだったから、下宿の近くに「やまや」があったら毎日の様に通ったことだろう。

ところで「やまや」は、開業して何年になるのだろう。

定かではないが、そもそも前の建物の頃にお父さんがやっていた様な話も聞いた気もします。・・・(すいません調査不足。後日、確認します。)

 

この擬宝珠の下の橋を渡ると左手に新渡戸稲造の生まれた場所があり、小さな緑地になっています。

 

 

今の世をどう思うのか、聴いてみたいものです。

 

 

 

やまやから、歩いて1、2分の処にも見どころが沢山。

橋からの中津川や城跡の眺めも素敵です。

 

そんな盛岡の街の中にある「蕎麦食い処 やまや」なのです。