ある晩、ライブに行ってきた。
ライブハウスの数については、多いのか少ないのかは分からない。よく、都市規模に比してという表現を耳にするが、なんだか言い訳めいて、あまり好きな比較ではない。
良い店が一つでもあれば「盛岡は、ジャズの街でもあるのかもしれない。」と言っていいと思う。それは、そのライブハウスに通い、支える人達が居るわけだから盛んな証だ。
6月19日の日曜日。
場所は、「すぺいん倶楽部」
この店は、昭和47に開店。以来、大人の心身の癒しの空間を創り続けてきた貴重な店だ。いくら素敵な建物があっても、「人」が空間の雰囲気を創る。
よく建物の自体の価値より、使う人達の手によって文化的な形を持つのだと思っている。
5月には、日野 皓正さんもライブを行っている。ここで演奏したいミュージシャンがあちこちに
いるようだ。マスターは言う。
「上質な音楽を美味しい料理、お酒を飲みながら目の前で聞いて欲しい。ジャズなんてそんなに難しく語らなくても、いいのです。」
すぺいん倶楽部のマスターとママと料理人のトリオは、若手ミュージシャン達のことも心から歓迎しているのが分かる。気取りのない優しい物言いから、この店の人と話していると何かが伝わってくる。
そんな「すぺいん倶楽部」の、その日曜の夜のライブが、これだ。
「Inao Hajime トリオ」のライブだ。
今夜は、いつもより、年齢層が若い。
もう演奏は間近だ。ピアノ、ベースとドラムそしてホール全体がミュージシャンを待っている。今宵の彼は、どんな音を奏でるのだろう。
ライブが始まった。
この、トリオのリーダーがピアノ奏者の「稲生 創(はじめ)」。その夜は、いつになく優しく透き通った音に聴こえた。
三曲ほど終わり、そのピアノを聞いた人が言った。
「青空の下にいて、空に吸い込まれそうになるね」
すぺいんクラブのオーナー達の彼らを見守る眼も優しい。この場所が彼には、良く似合うと思った。なんだかんだと彼のライブを僕は、4度聞いている。
稲生 創は、以前、
「マスターも第一線のミュージシャンであり演奏する。各地から著名なミュージシャンもやって来る。そのうえ、この店のマスターたちは、色々と話を聞いてくれ、語ってもくれる。自分に大きな影響を与え続けてくれる場所。僕にとっては、二番目の家です。」
とすぺいん倶楽部のことを語っていた。
今日は、後輩のベースの女の子をピアノとドラムが優しく包み込む雰囲気から始まった。
驚いたのは、ピアノを志したのが大学時代というスロースターターの演奏家だ。
「始めるのに、年齢は、さほど関係ないと思います。」
ときっぱり。
そして、父の言葉も大きな影響を与えた。中央の音大などで学ぶことも考えたことがあった頃に、父は「どこにいても、やれる人は、やる。場所は関係ない。」と話していたらしい。
ようは、自分の考え方しだいということだ。
地元で育ち、この土地で活動してやりたいことが出来ないのは、自分の努力の問題だと彼は考えている。肩に力が入っているわけではない。
ピアノがベースを見守る様に思えたが、彼は、言う。
「ステージに立ったら横並び。ミュージシャン同士なのですから。」
ドラマーも同じ雰囲気で鳴らす。
彼の世界がスティックから湧き上がる。
稲生 創は、ドラム、ベースから湧き上がる世界を吸い込んでいく。身体じゅうに彼らの魂を吸い込み一気に鍵盤に叩き出していく。
彼にとってのジャズ。
彼女の始めの緊張は、演奏と共にすぐ、二人の音に乗り出し、トリオの世界がスペインクラブを包み込んでいく。
「ジャズは難しく考えなくていいのです」
マスターの言葉がトリオの音を聞きながら、蘇ってきた。
「この人と演奏したいなと思うとどういう曲をどう演奏してみたいというイメージはすぐ湧くんです。そして僕にとって音楽、ジャズは人とのコミュニケーションの大切なツールです。」
彼と知り合い、4年目。
この間に何度か、眼の奥に微かに澱んだ物が見えたことがある。それが輝きに変わったこともあった。
音楽の世界では、良き師と仰ぐ人の存在や仲間がいる。そしてすぺいん倶楽部という居場所がある。
僕が、これからの彼に望むのは、「恋」だ。
人と人のコミュニケーションの頂点にあるというか、心身共に擦り切れる恋から、ちょっと大人の恋へと。とにかく、いつも恋していて色々な想いをエネルギーにして欲しいのだ。
はあ~、いやいや老婆心だったかもしれない(笑)
今夜は、スタンダードなNumberにいい心地にさせてもらった。
三人が次に演奏する時、どんな音楽になって、どんな顔を見せてくれるのだろう。
楽しみは、ゆっくり待つことにする。
さて、盛岡食いしん爺のエネルギーの源は? 勿論「美味しい物」と・・・それは、そのうち。
「今日は、どこまでも透き通った、たかあ~い、青空をありがとう、って言っといてね。次が楽しみだわ。」
と彼への伝言を託された初夏の夜でした。
by 盛岡食いしん爺