盛岡は、中津川の東岸の河南にはわんこ蕎麦屋が三軒もある。
今夜は、明治時代の創業の「直利庵」
長い蕎麦が特徴の一つかもしれない。ずう~と腕を高く上げる。
十数年前の夏の確か日曜日、お昼の直利庵は、混雑していた。
その夏、暑さも続いていて、ざる蕎麦が食べたかった。店の外にもお客さんが並んでいた
が列の長さから、それほど時間はかからないだろうと思った。
すぐ、列が進み、店の中に入った。あと、少しだ。
すると、一組を挟んで前にいるお爺さんが、振り向いたまま、こちらをじっと見ている。
不自然に長く見つめる。なんだろうと思っていると、2、3歩近づいて来た。
目の前に立ち、
「S先生、S先生じゃないですか」
という。先生と呼ばれる様な人間じゃない。
「S先生もこちらにいらっしゃるのですか?私はもう蕎麦はここでしか食べないんですよ」
人違いだ。どう考えても知らない人だ。そしてS先生ではない。
「あの、S先生ではないのですが・・・・」
と言うと、
しばらく私を瞬きもせず見る。ほんの数秒だったと思うが長く感じた。
「あっ、これは失礼! いや、失礼しました」
と前の方に戻って行った。
お爺さんと私の間の三人が笑いをこらえているのが分かる。興味深くお爺さんとこちらを
交互に盗み見ている。
しばらくして席に案内された。
相席で、先ほどのお爺さんが一人で座っていた。
「失礼します」と言って座りかけると、
「あっ」と立ち上がり、もう一度丁寧に頭を下げる。座りなおしながら、たずねてみた。
「そんなに、似てるんですか?」
「そっくりも何も、背格好から、なにより笑った顔が気味悪いぐらいそっくりなんです」
そう言ってようやく笑った。
一緒に居た人は、ついにこらえきれずに天井を向いて笑った。
「いや、二人で見に行ってみて欲しいですよ。S先生も驚くと思います」
お爺さんの前に、大もり蕎麦が置かれると、
「いつもの、権八、多めにね、この人達にもあげるから」
店の人は、
「承知しました」
とだけ。
お爺さんは、帰りがけにも丁寧に頭をげ、恐縮する私に、
「是非行ってみて下さい」
と言って帰って行った。
その時、出て来たのが紅葉卸だった。
お爺さんから、せいろに残った短い蕎麦を箸を垂直に立てると楽にとれることや、南部盛
岡の蕎麦は、紅葉卸をたっぷり入れるのが地元の蕎麦に合うことなどを教えてもらった。
こんな蕎麦通の方との出会いも直利庵ならではだと思う。
日本蕎麦屋らしい、とても落ち着いた雰囲気の店内。
準備万端、「美味しい」は、もうすぐ。
真っ黒な海苔が、細い蕎麦と絡まって美味しい。
これぞ、日本の味。
サクサクとした揚げたての天ぷら。
天つゆは、別につきます。
タラの芽の天ぷらも頼みました。季節限定。
蕎麦猪口も沢山あるらしいです。
つけ汁に蕎麦湯を注ぐと鰹だしのいい香りが湧いてきます。
夏のメニューのピーマンとニンジンと鰹節の美しい野菜蕎麦も、そろそろかな?
夜には、格子が綺麗に浮かび美しい!
昼の玄関。わんこ蕎麦は別の入口から2階に上がります。
盛岡でも東京の下町などでよく見る光景があちこちに現れている。
盛岡は、ラーメン、パスタの店も多く美味しい。そして三大麺と言われる蕎麦、冷麺と
じゃじゃ麺。盛岡が誇る麺文化。
食いしん爺は、週の半分は麺を食べている。今日は直利庵で蕎麦。さて、次は、どこ
の店で何を食べに行こうか? 迷うのもまた楽しみ。