本日12月16日は、申し上げるまでもないことだと思いますが、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)の誕生日ですね。


 この偉大な人が存在したことにひたすら感謝したいと思います。

 この人の誕生日を寿ぐために、今日は、この人の音楽にとっておそらくは最も重要な形式というか原理であったソナタ形式についての、基本的なことを書いてみたいと思います。


 ソナタ形式というものについてよく見かける解説から多くの人が抱いてしまうイメージは、


① 「主題呈示部」「展開部」「再現部」から成っていて、②呈示部で出された「対立」的な二つの主題が展開部でぶつかり合い、「弁証法」的に発展していき、再現部でまとめられる、


というものではないでしょうか。


 このようなイメージを抱いていると、ソナタ形式の楽曲というものの構造が、まず、司会者が話題を出す(=呈示部)、それについて対立する立場の人たちが激しく論争する(=展開部)、そして、まとめる(=再現部)といった形をしているという思い込みができてしまいます。三つの部分の割合としては、1:2:1とか、もっと極端に1:3:1というように展開部が最も大きいと思ってしまうのではないでしょうか。

 このような先入観をもって曲に接すると、わかるものもわからなくなってしまいます。

 まず、二つの主題が対立的であるということですが、これは、楽理上「対立」的、あるいは「対照」的であるということであって、必ずしも、聴いた感じが「対照」的であるとは限らないのです。また、そもそも主題がはっきり二つに分けられない「単一主題」のソナタ形式の曲や、逆に、三つ(以上)の主題によるソナタ形式の曲というものも存在します。

 また、呈示部、展開部、再現部の長さの割合も、この言葉や、先ほども挙げたような比喩に引き摺られて思い込んでしまうようなものではなくて、2:1:2ぐらいが標準的な割合ではないでしょうか。また、展開部のないソナタ形式というものもあります。

 つまり、二つの対立するイデーが出され、それがさまざまな形で闘争を繰り広げ、最後に止揚される、といった、「弁証法」的で「ヘーゲル」的なイメージは、実はソナタ形式のもともとの姿ではないのです。そのようなイメージにかろうじて合うようなものは、ベートーヴェンの中期以降のいくらかの曲に限られてきます。それについては、

次の機会にということにして、今日は、基本的なソナタ形式の曲を見てみましょう。


 ベートーヴェンの誕生日なのですから、やはり若き日のベートーヴェンの作品から選んでみます。

 弦楽四重奏曲第1番ヘ長調 作品18-1の第1楽章を詳しく見てみましょう。


 この楽章は全体で313小節からできていますが、大きく四つに分けて考えるとよいでしょう。


 A    1-114 (114小節)

 B  115-178 (64小節)

 C  179-281 (103小節)

 D  282-313 (32小節)


 Aが「呈示部」、Bが「展開部」、Cが「再現部」、そしてDは「コーダ」(つまり、結びの付け足し)です。A:B:Cはほぼ2:1:2になっていますね。ベートーヴェン以前の作曲家、例えばハイドンやモーツァルトの場合は、「展開部」はもっと小規模です。


 CDを聴きながらこのような構造になっていることを確認していただくと、さらにいっそう理解していただけると思いますので、バリリ弦楽四重奏団による演奏に即して書いてみます。


 この楽章全体の演奏時間は7分03秒。

 Aの部分は2分34秒まで。

 Bの部分は3分58秒まで(ということは実質は1分24秒)。

 Cの部分は6分18秒まで(同じく実質は2分20秒)。

 Dの部分は7分03秒まで(同じく実質は45秒)。


 つまり大まかに言って、

   呈示部  2分30秒

   展開部  1分20秒

   再現部  2分20秒

   コーダ  45秒


 ということになります。これは、たいていの演奏に当てはまりますので、一応の目安にしてください。ただし、呈示部の繰り返しをきちんとやっている演奏ですと、A・A・B・C・Dとなっていますから、全体で2分ちょっと長くなります。


 ということで、ソナタ形式の全体のバランスがどういうものかお分かりいただけたと思いますので、次に第1主題と第2主題について、ごく簡単に書いておきます。

 Aの部分、つまり「呈示部」と呼ばれる部分を少し詳しく見てみますと、次のようになっています。


 第1主題の呈示と確保    1-29(29)

 推移              30-56(27)

 第2主題の呈示と確保   57-71(15)

 推移              72-84(13)

 終止              85-114(30)


 ほぼ1分20ほどのところで出てくるのが第2主題です。

 そして、推移や終止の部分もほとんど第1主題の動機(主題の一部分)がいろいろな形に変形されて出てきています。

 この楽章を何度も聞き込んでいただけばお分かりになると思いますが、呈示部というものがすでに主題を展開することで成り立っているのです。また、第2主題というのは、弁証法的に対立するというような大それた比喩がふさわしいものではないのです。

 このような視点から初期のベートーヴェンやハイドン、モーツァルトの交響曲や弦楽四重奏曲を聴いてみてください。

 ソナタ形式がもともとはそれほど劇的なものではなかったということが実感されると思います。


 やはり人類にとってひとつの至宝であるベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全集は一家に一箱欲しいものです。


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