人に「何をしていますか」と聞かれると、私は「大学の先生をしています」と答える。
それから自嘲気味に「中国の大学で日本語を教えています」と付け加える。
仕事は日本語教師だが、教える場所がただ中国の大学だというだけである。
では、なぜ中国の大学で教えるのかというと、コマ数が少ないからである。
この理由に尽きる。あとは、よくも悪くも学生の年齢層が一定であることもいい。
しかし、大学生に1年以上教えるには、それなりの知識や人生経験が要求される。
というか、知識や経験がないと、学生にバカにされる。
私の中国での身分は「外国人専門家(エキスパート)」である。
教授でも、助教授でも助手でもない。言わば、契約社員である。
自分で応募し、1年の契約を結び、双方の合意があれば1年ごとに契約を更新できる。
大学は毎月の給料のほかに家賃や光熱費を負担してくれるが、宿舎は大学の中にある。
電気は自家発電だろう。費用なんかいくらもかからないはずだ。冬休み2ヶ月分の給料も出る。
給料は日本円にするとチョー少ない。旅行に連れて行ってもらえたり、旅行代を支給されたりもする。
帰国時の航空券も支給される。契約を更新すれば、夏休みの給料と往復の航空券も支給される。
教師は授業があるときは直接教室に行き、終わったら宿舎に帰る。教務室による必要はない。
テストは自分で作る。学期末に成績表を教務に渡して仕事は終わりである。論文は書く必要がない。
仕事は授業のほかに、論文指導や教科書作成などがある。私は新人教師の指導をした。
自分の研究室はない。
学生は私に「授業がないとき、何をしていますか」「いつも家で何をしていますか」と質問する。
これは日本語の練習だけだと思っていたけど、実は違うかもしれない。
学生は先生に「研究」をしていてほしいのではないか。
私は正直に「ゲームをしています」と答えていた。
学生は日本語が聞き取れなくて困っていたのではなく、たぶん失望していたのではないか。
それから自嘲気味に「中国の大学で日本語を教えています」と付け加える。
仕事は日本語教師だが、教える場所がただ中国の大学だというだけである。
では、なぜ中国の大学で教えるのかというと、コマ数が少ないからである。
この理由に尽きる。あとは、よくも悪くも学生の年齢層が一定であることもいい。
しかし、大学生に1年以上教えるには、それなりの知識や人生経験が要求される。
というか、知識や経験がないと、学生にバカにされる。
私の中国での身分は「外国人専門家(エキスパート)」である。
教授でも、助教授でも助手でもない。言わば、契約社員である。
自分で応募し、1年の契約を結び、双方の合意があれば1年ごとに契約を更新できる。
大学は毎月の給料のほかに家賃や光熱費を負担してくれるが、宿舎は大学の中にある。
電気は自家発電だろう。費用なんかいくらもかからないはずだ。冬休み2ヶ月分の給料も出る。
給料は日本円にするとチョー少ない。旅行に連れて行ってもらえたり、旅行代を支給されたりもする。
帰国時の航空券も支給される。契約を更新すれば、夏休みの給料と往復の航空券も支給される。
教師は授業があるときは直接教室に行き、終わったら宿舎に帰る。教務室による必要はない。
テストは自分で作る。学期末に成績表を教務に渡して仕事は終わりである。論文は書く必要がない。
仕事は授業のほかに、論文指導や教科書作成などがある。私は新人教師の指導をした。
自分の研究室はない。
学生は私に「授業がないとき、何をしていますか」「いつも家で何をしていますか」と質問する。
これは日本語の練習だけだと思っていたけど、実は違うかもしれない。
学生は先生に「研究」をしていてほしいのではないか。
私は正直に「ゲームをしています」と答えていた。
学生は日本語が聞き取れなくて困っていたのではなく、たぶん失望していたのではないか。