コンビニの駐車場で

土佐闘犬運送中と掲げてある小型バスを見掛けた。

闘犬・・・とても胸が痛くなってしまう。

「鬼龍院花子の生涯」という映画の中の
闘犬場のシーンを思い出した。
残酷な事が今も続いてる事に、とても悲しくなる。


土佐犬の多聞〜たもん〜という犬がいた。
「たもん」とは時間にすればとても短く、期間にして1年弱、触れ合った事がある。
長くなってしまうから細かい経緯は飛ばしますが、「たもん」は知り合いが働いてる会社で飼われていました。

知り合いが赴任先から戻った時には、すでに「たもん」は居たらしい。
闘犬として飼われていたのでは無かったと聞いていた。
なので、表情も穏やかで性格も大人しかったのです。
私が会いに行った時には3歳の成犬で大きな檻で飼われていました。
とっても大きく迫力があったけど、目に甘えた表情が見え、どことなく可愛く思えた。
檻の間から手を入れると、臭いを嗅ぎ舐められた手がヨダレでベチャベチャになってしまった。
あまり構われてなかったからか、「たもん」は檻に身体を寄せ付けてきたり、立ち上がり前足を檻の間から出して、触れたがってくる。
立ち上がると158cmの私よりもはるかに大きかった。
散歩は、時々で、私の知り合いの人にしか連れて行って貰えてないと聞き、可哀想に思った。

それから時々、仕事の帰りに「たもん」に会いに寄るようになっていた。
ゴンが好きな  ほねっこ をあげると喜んだ。
ある日、夕方の散歩に行くというので同行させて貰う事に。
リードが綱のように太く驚いた。
散歩中の犬に出くわすと、やはり本能で襲いかかってしまうからと、ひとけの無い道を散歩させていた。
散歩の後には少しの間、遊んでいたそうだ。
一緒に横になり、じゃれ合うという、一見危険に見えたけど、知り合いは、大きいから力は強いけど普通の犬と変わらないよと言っていた。

「たもん」は私にも慣れ、行くと喜んでくれた。
知り合いが出張続きだというある日、可哀想になり、会社に断りを入れて私が散歩をした事が2回あった。
「たもん」が大股で、グイグイ歩くから早歩きになる私。
でも、信号や十字路の手前で、綱みたいなリードをグイッと強く引っ張ると、「たもん」はピタッと止まり、私が歩き出すまで動かずにいる良い子だった。
2回目の時に、遠くに散歩の犬が見え、来ないで、曲がって曲がってと思ってたけど、運悪くこっちに来てしまった事があった。
「たもん」が気づく前に、私は自分の腰にリードをグルッと巻き、両足を踏ん張って、「たもん」を立ち止まらせていた。
犬に気づき「たもん」が吠え、犬と飼い主さんが走り去ると同時に、私は「たもん」に引っ張られ、コマのように回転して尻もちをついた。
なけなしの力で綱を握ったまま「たもん!!たもん!!」と大きな声を出したら、
「たもん」は私に近寄り、もういいよって程、顔をベロンベロン舐めた。
とても焦った私はそれ以来1人の散歩は行かなくった。
たまに知り合いとタイミングが合うと私も一緒に行ったけど、その機会もあまり無く、「たもん」を触って  ほねっこ  をあげて帰るという日が殆どだった。
「たもん」は甘えてきたし可愛かった。
私が行くと、立ち上がって檻の中から尻尾をブンブン振っていた。
無理だけど、飼える環境なら私が面倒みたくなるような可愛さがあった。

けど・・・その「たもん」が亡くなったと聞いたのは暫く後の事だった。
檻の中に居ないから散歩に行ったのかと思った。
血を吐いて死んでいたと・・・聞けばフィラリア予防もしていなかったらしい。
知り合い以外は「たもん」にあまり関心が無かった事が可哀想だった。
もっと人と触れ合いたかっただろうに。

「たもん」は幸せだったのかな。
闘犬として飼われていなかった事が
「たもん」にとって幸せだったと思いたい。


もう20年近い前の事。
土佐闘犬の小型バスを見て「多聞」を思い出しました。