先日やっと夏休みに入りました\(^O^)/
夏休みは好きです。
特に、夏休みの最初は。。いろいろなことを想像できて、予想できて、妄想できて、好きなことだけ考えていられるから。
これは終わりに近づくとなかなか難しいものです。
まあ、新学期や友達と会う期待を考えれば一概にそうとは言えませんけどね。。
さて、ここからが本題ですが
実は、夏休みにおいてもっとも怖いことがあります。それは
生産性のない日々を送ることです。
こんなことを書くと自分がいかにしっかり生産性のある日々をすごしているようですが、実際は恥ずかしながら、その真逆の生活をしています。ですが、そんな真逆だからこそ生産性のない日々の胸をえぐられるような独特のあの感じを知っています。
感じ的には夏の終わりの夕方、つくつくぼうしの声を聞きながら涼しい風にあたりながら、まだ、夏を楽しんでいないのに夏が終わりかけてあせっている感じがちかいかも知れません。。
さて、ここでいう生産性のない日々とはつまらない日々でも退屈な日々でもありません。
それは
自分の満足度あるいは能力が少しもあがらない日々です。
例えば、他人への奉仕活動によって満足度が上がったり、勉強をして能力があがるなどです。
ただここで、忘れてはならない条件があり、
それは、生産性の違いには個人差があることです。
要するに、友達がいなくて勉強ばかり普段からしてる人が友達が欲しい衝動を勉強にすりかえ、また勉強することでは生産性はあがらないということです。
まあ、こんなところです。たぶん、この話は個々によって思うところはさまざまだと思いますが、共通していい夏休みを送ろうということだけ伝えたいです。
ではでは、このような、論理も破綻した、理論になり損ねた話にお付き合いありがとうございました。
よく小学生のころ先生に言われた
嘘をついてはいけません。 って。
けど、大きくなるに連れて嘘なしでは生きてはいけないようになる。。。嘘をつかないと自分を守れなくなるようになる。
だけど、やっぱり、先生は大人だから気付いていたはずだ。嘘をついてはいけないことと嘘なしでは生きてはいけないことに。。。 じゃあ、なんで、先生は自分が身に染みて、いやになるくらい知っている、嘘をつくことを否定したのだろう。たぶん、これは仮説で想像だけど、嘘をついてはいけないということは重りなんじゃないかと思う。
嘘をつくことを否定することと肯定することはどちらも危険であるとおもう。
否定すれば、本当のことしか言えず、あらゆる面で問題が生じるはずで、もちろん黙秘という方法もあるけどいつも使用できるわけではないし、できたとしてもそれはきっと静寂な世界になると思う。
肯定したらしたで、誰も信用できない、偽りな世界がうまれてしまうと思う。。じゃあ、やっぱり、一番いいのは、この世界のように嘘と本当がバランスよく混ざった世界だと思う。。。じゃあ、こんなバランスどうやって保ってるのかと考えたときに重りが登場する
小さいころに嘘をついてはいけないと言われるのは重りをつけるためである。
重りをつけることでいけないことをしていると思い嘘を自覚する。
もし、重りがなければ自分が嘘をついたことを考えず、自覚をしないとおもう。その結果、自分でも何が嘘か本当かわからなくなる。碇をなくした船がさまように自分の意識のなかをさまようことになると思う。。だから先生は子供達に嘘をついてはいけないと教えるのだとおもう。子供達が嘘と本当をさまよわなくていいように。。。バランスを維持するために。。。
嘘をつかずには生きていけないことは成長しながらいやでも気付くことになるから。
完璧なひどすぎる独り言です。すいません。。。
嘘をついてはいけません。 って。
けど、大きくなるに連れて嘘なしでは生きてはいけないようになる。。。嘘をつかないと自分を守れなくなるようになる。
だけど、やっぱり、先生は大人だから気付いていたはずだ。嘘をついてはいけないことと嘘なしでは生きてはいけないことに。。。 じゃあ、なんで、先生は自分が身に染みて、いやになるくらい知っている、嘘をつくことを否定したのだろう。たぶん、これは仮説で想像だけど、嘘をついてはいけないということは重りなんじゃないかと思う。
嘘をつくことを否定することと肯定することはどちらも危険であるとおもう。
否定すれば、本当のことしか言えず、あらゆる面で問題が生じるはずで、もちろん黙秘という方法もあるけどいつも使用できるわけではないし、できたとしてもそれはきっと静寂な世界になると思う。
肯定したらしたで、誰も信用できない、偽りな世界がうまれてしまうと思う。。じゃあ、やっぱり、一番いいのは、この世界のように嘘と本当がバランスよく混ざった世界だと思う。。。じゃあ、こんなバランスどうやって保ってるのかと考えたときに重りが登場する
小さいころに嘘をついてはいけないと言われるのは重りをつけるためである。
重りをつけることでいけないことをしていると思い嘘を自覚する。
もし、重りがなければ自分が嘘をついたことを考えず、自覚をしないとおもう。その結果、自分でも何が嘘か本当かわからなくなる。碇をなくした船がさまように自分の意識のなかをさまようことになると思う。。だから先生は子供達に嘘をついてはいけないと教えるのだとおもう。子供達が嘘と本当をさまよわなくていいように。。。バランスを維持するために。。。
嘘をつかずには生きていけないことは成長しながらいやでも気付くことになるから。
完璧なひどすぎる独り言です。すいません。。。
はじめてブログをかく大学生。。。たぶん、独り言てきなことを書いていく。
なので、
端のほうでこそこそ続けていけたらよいな (´∀`)
ということで端っこ間借りします。
なので、
端のほうでこそこそ続けていけたらよいな (´∀`)
ということで端っこ間借りします。
