日本が誇りにするこのスカイツリーの最終的な高さは634メートル。外国人にとっては単純な数字にしか見えないこの数字に、日本人、特に東京都民の 気持ちが凝縮されている。これは、東京、埼玉、神奈川の一部の地域を指す旧国名「武蔵(ムサシ)」に語呂を合わせたために決められたそうだ。つまり、この 634メートルには「634(ムサシ)」という地名が潜んでいるのだ。

 この例からも分かるように、世界共通の数字には、実はそれぞれの国の文化、歴史、習慣などの要素が込められている。それを無視すると、そこに暮らす人々の感情を逆なでする恐れがある。

 中国も同じだ。今の中国は自動車ブームに沸く。昨年の新車販売台数が前年比46%増の1364万台で、初の1000万台という大台に乗り、世界一 の市場という地位も初めて確立した。今年はさらに伸びる。愛車のナンバープレートにいい数字を与えようと惜しみなく金をつぎ込む人も少なからずいる。最後 の4桁の数字が8888となっている車もよく見かけられる。

 8は、中国人にとって縁起がいい数字となっている。広東語で「儲かりまっか」を意味する「発財」の「発」の発音に近いから、というのが通説だ。一 方、車のナンバーに「4444」を選ぶ中国人はまずいない。4は死という文字の発音に似ているからだ。その延長線上にある「54」も喜ばれない。「我 死」(私は死ぬ)と聞こえてしまうからだ。

 上海とその周辺地域では、13という数字も嫌われる。上海人が相手を罵る言葉に「13点」というのがある。13時を意味する言葉だが、時計には 12時までしか時刻を表現できないということから、「13点」は頭のおかしい人間を指す。「あなたは13時だ」と言われたら、つまり「おまえはバカだ」と 罵倒されていることになる。

 中国で次のような小話を聞いたことがある。

ソマリアの海賊がアデン湾で中国の役人が乗っている船の襲撃に成功した。海賊は身代金について、「300万ドル。これ以上はビタ一文まけないぞ」と わめいた。中国の役人は、「250万!」と金額交渉に出た。すると海賊は「俺を馬鹿にしてるのか。あんたがたの言葉で“250”が“間抜け”って意味だっ てことも知ってるぞ」と凄んだ。

 この小話のみその一つは250という数字。中国では、「二百五」と書く場合が多い。間抜け、アホといった意味の表現に使われる250は、日常生活 の中ではなかなか出会えない。日当や報酬を決める時は250を避け、たいていはそこにさらに10元を足して260元にする。ホテルやレストランの料金設定 も同じだ。もし誰かに仕事を手伝ってもらって、その謝礼に250元を握らせたら、相手はきっと怒りだす。好意であなたを助けたのに、なぜこの私を侮辱する のか、と。

 ところで最近、中国では信じられないことが起きた。とある外資系の自動車メーカーが中国で売り出したある車の品番になんと250という数字を使っ た。それにショックを覚えた中国人も多い。なかには、「この車は絶対売れないだろう」と言いきる人もいる。メディアの報道を見ると、このメーカーに「なぜ 中国では使われない数字をあえて使うのか」と質問した人もいたという。しかし、メーカー関係者は涼しい顔で「国際的に統一感を出すためです」と答えたそう だ。

 これらの報道を読んで、思わずこのメーカーに「おまえたちは250か」と言いたくなった。確かに、他国ではこの数字を使って車を販売しているかも しれない。しかし、それぞれの国にはそれぞれの文化と習慣がある。世界で活躍している企業ならばいまさらこうした基本の基本を教える必要はないはずだ。 13という数字を嫌う欧米に13という数字を押しつけることと同じような行為だ。

 たかがアラビア数字ではないか、という反論が聞こえてきそうだ。しかし、この数字に泣かされることもあると認識をもってもらいたい

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