現地高校に慣れ始めた
え!??




ある木曜日の朝。
机の上に封筒が
開けると高校の校長先生からです
『あなたの編入許可を出した校長はリタイアされました。今日から新しい校長の〇〇です。』
と始めに書いてあり
続けて
『財源削除の為、もしあなたが本校の卒業基準に達したとしても、留学生であるあなたへ高校卒業証書を渡す事は出来ません。』
どういう事?
サリーが真剣にアメリカの現地高校に留学したいと思ったキッカケは
自由になりたい🗽
事と
海外の公立高校を卒業しても帰国の際、
日本の高校卒業
と同じ扱いになれるからでした。
どの国でも同じ訳ではありませんが、アメリカ
は、そのうちの1つに入っていました。
え❓ って事は、ここを卒業しても、
もう一度日本で高校三年生をやり直すって事でしょうか?!
詳しい事情を聞きに校長室へ
また校長室ですよ〜
そして
またまた女性の校長先生ですよ〜
新学期になり、
学校の年間経費を割り出す→財政難深刻→海外留学生の存在(サリー)知る
当時の南カリフォルニア、オレンジ・カウンティは深刻な財政難でした。
実際にその数年後には、カウンティ(郡)が経済破綻するのですが。
その余波がなびき始めた頃の1987年の後半
こんな時こそ、キチンと税金を収めるアメリカ市民の生徒を卒業させたい。
これが理由でした
今回は
太刀打ち出来ない
家へ帰って早速、
日本の高校の担任の先生へ国際電話☎ 出てくれ〜!
出た!
事情を説明するサリー
話を聞く先生
成績と日数を確認するから、翌日の同じ時間に電話するよう言われるサリー
翌日、金曜日再び☎
『校長先生と相談した。
今すぐ帰ってきて、学期末テストをパス出来れば同級生と一緒に卒業できるよ』
即、☎で
成田行き片道チケット🎫
予約するサリー
土曜日に✈で成田へ
日本時間の日曜日着。
翌朝、制服着て🚃に乗り
ビックリ!する懐かしい友達たちの顔

サリーは来週から始まる学期末テストへ向け
焦りまくって
必死なのでした
カリフォルニアぼけ
大丈夫かな
続く