こんにちは、お久しぶりのブログです。 統合失調症について、ぴったし7年間でいろんな見えないものと戦ったすえ、、私なりに経た答えを、

笑い泣き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書いていきたいと思います。はぁ~~~疲れた。これだけで疲れました(笑)いろんなものが乗り移っては去っていきました。サ~~~~~(笑)

 

 

 

 

 

まあ、それはさておき、それはさておき、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

統合失調症を発症している間、どんなことが起こっていたか。

 

 

心の中でもどんなことが起こっていたか。

書かせて頂ききます。。

 

 

 

 

 

 

 

8年前…発症  2スライムチューリップコアラやしの木年。

 

 

 

7年前…徘徊で入院   2013年。

 

 

6年前…通信制の高校に通いながらも…徘徊で入院(笑)

 

5年前…病み上がりの退院でいきなり2か月後に大阪へスピリチュアルの旅へ母と出発(笑)あ~、あの大阪の病み上がりのお写真、病み上がりやったけど元気そうやったなー。スマホにするときに取っとけばよかったなあ。ガラケーで寸止めやった。スマホには移らんかった。(笑)

 

 

 

 

時々、現実に戻り、統合失調症の病気について、幻聴について、疑問を持ち始めたとき。生きることに魂が目を向けるようになった。

 

 

退院2か月後に、母と一緒に大阪の旅に出た話ですけど、暗すぎて  流れ星“病院を退院”お祝い  とは書けませんけど(笑)

 

 

 

あんな閉鎖的な場所にいて、その反動で母も私も大阪に旅立って行ってしましました。。。(笑)(笑)

 

 

 

 

 

母も、ちょっとイっていたのでしょうか。私退院して約2か月なのに、大阪連れて行かすなんて。  きっと私を信用してくれていたんでしょうね。信じてくれていたんでしょう。ハートハートラブラブラブラブ

 

 

 

 

 

おすましペガサスあるお所、ふんわりウイング義理チョコにいって、コーチング(義理チョココーチングおすましペガサスふんわりウイング乙女のトキメキ)

 

 

 

(自分の感じていることを、心の温かい人たちと同じ目的をもって、柔らかい照明とやわらかいBGMの音楽の中で、していく体験は、母にとっては特に面白く嬉しい体験だったと、後々、言われていましたが、私にとっても、人とコミュニケーションをする中で、一番大切な、子宮委員長はるちゃんも言っていた、思ったことよりも深い、自分がその時、その瞬間に感じたことを、頭をフル回転させてことばにしていく作業は、なんともふんばって、あとから後から思い出すとたのしい体験をさせて頂き、貴重な宝物となりました。)

 

のちにセレナイトタワーという石を買い、CDも買い、一泊泊まったのですけれど、そこで一休みして、夜行バスで順番は逆ですけれど、夜行バスで母と朝がた家に軽々と着いた時には、とても爽快した気持がしていました。ゆめみる宝石ひまわりやしの木

 

 

 

 

 

その場所まで二人で地図を見ながら、いろいろと観光しながら、電車に揺られながら、母と私で、あんなに協力し合えたのは、あれが初めてではないかなあと思います。

 

 

その時であった人たちは、今何をしているのかなあと、しみじみと思います。

 

 

 

 

その時期が、生きる気力をもらった時でした。

 

 

 

 

 

その年に家族で高野山に行ったこともあります。それもとても大きかったです。

今思えば2014年から、母の、私やみんなや自分自身を幸せにするぞ!!!

 

という心意気が私たち家族を大きく大きく押し上げて持ち上げてくれていたようにはっきりと思います。

 

 

4年前…少々書きにくいですが、お薬服用の量などは、変わりありませんでしたが、よく眠ったことによって、お薬の服用はなんであれ体調のいい日?動ける日が増えてきた感じがあり、うれしくなってきました。波波波イチョウ

 

 

 

 

 

 

と今日はここまでにします。聴いてくださってありがとうございました。