「この間、だめだめな自分も認めてあげてね」

 

ということを囁いてくださって、号泣している私をハグしてくれた、優しい歌の女性の先生がいました。

 

 

 

 

 

ダメダメな自分を認めると、自分を認めてくれる人々が、現れ始めます。

 

それを伝えたくて、このブログを書いています。

 

 

 

私は今、薬物療法でお薬を服用していて、今減薬中なのですが、

 

 

 

仕事もろくに、というかあまりできずに、でも作業所(?)みたいな雰囲気ではないけど

 

もっといい優しい雰囲気の所で、和やかに、朗読をしたり、お話をしたり、ちょっと作業をしたり

 

しています。

 

 

 

 

 

バスに1時間くらい乗って、のびのび通っております。(笑)

 

 

 

でもそんなのんきな生活ができていても、急ぐ気持ち、先を急いでしまう気持ちが大幅に勝ってしまって

 

 

生活はのんきなものなのに、早く次に行きたい、お金を自分で稼げない自分がもどかしい、

年金は、一応もらっているけど、年子の弟とかがもう社会人5年目とかになってきてあせる(泣笑)

 

 

もう一つ下の弟も祖母にさえ「私の方が妹やったっけ??」

 

(笑)と間違えられるほど、私は幼稚く映っているくらいに、姉のわたしは何も進んでいないように見えて、

 

 

 

 

まず5年間ぐらいは、幻聴と言われるものを毎日聴いていて、それに一喜一憂して、夜自転車で徘徊して(笑)

 

 

1年くらい前に、鏡の前で一人笑っている自分を見て、その瞬間にほぼ6年間何も進んでいないことに気づき、

 

一気に空しくなり(しばらく)

 

それから時々我に返り、私的にはあまり休まずに、サボらずに、自分の中の世界に誠実に、生きてきました。

 

 

 

それから、母との大阪の旅で、現実とその世界がはっきりとつながり、それでも1人時々その世界に一人から笑いしたり、大きく一喜一憂

したりしながら、毎日生活しています。

 

 

そんな現実とちょっと離れたり、くっついたりしながら、です。

 

 

 

 

 

 

 

でも、です。だから、です。空しくなって、この地球にやっと生まれてきたのに、せっかく生まれたのに、母に産んでもらったのに、

 

 

この調子です。

 

 

 

そんな気がしてしまって、未熟な私が泣いていたら、

 

 

その歌の先生が、「どしたん??。」「そんなだめだめな自分も許してあげないかんのよ。許すんよ。(涙)」

 

 

と言って下さって、もう、号泣しました。。

 

 

号泣した後、安心して、やっと音楽の歌のレッスンを母と一緒に先生のお家に入らせていただいて、

 

 

セカオワのサザンカを、感動しながら歌わせていただきました。。

 

 

 

その時に、ようやく人との絆を生まれて初めて強く、感じられた気がしました。。

 

 

 

この方をとてもとても尊敬している瞬間の自分を感じました。

 

 

(私は次々と気が移ってしまうので、瞬間と言わせていただきます。)

 

 

 

 

そんな物語がありました。。

 

 

 

ダメダメな自分を許すと、だんだん、少しずつ、そんな自分でさえも、すべて包んでくれるような出来事がありました。

 

だから、自分を、ダメダメな、凄くダメダメだなあと、しみじみと感じてしまうくらいの、自分でも、許すんよ、と。許してあげるんよ、と。

 

そんな女性の経験つきの、大事な一言と、自分のその時感じた気持ちを、文章に残したくて、

 

 

心の衝動を抑えきれず、今日のブログを書いています。

 

 

 

これが真実だと思いました。(偉そうに書いてしまいましたが、今日のブログはここで終わりということにします。ウシシラブラブドキドキ)

 

 

その出来事は、たくさんの人々のおかげだと思います。