この駅に列車が来なくなってもう7か月以上になります。人吉駅から南へ約10キロ、スイッチバックとループ線が併存するJR肥薩線大畑(おこば)駅は、鉄道ファンの憧れでもあります。

 

ここに名刺を貼れば出世できると言われ、たくさんの名刺が張られていました

 

人吉駅(下方向)から来た車両は、急勾配を上るため大畑駅(右奥)で進行方向を変えてスイッチバック(中央左側)に入り、再び進行方向を変えてループ線(上方向)に入っていきます

 

 この駅に2018年、おしゃれなレストランができました。明治時代の建物を利用した「囲炉裏キュイジーヌLOOP」は、地元の旬の食材を使った本格的なフランス料理で話題になりました。

 しかし、昨年春、新型コロナウイルスの蔓延で休業に追い込まれ、さらに7月の豪雨災害で肥薩線が不通になって、運営会社自体が活動を停止してしまいました。

 

今は訪れる人もないレストランLOOP。旧国鉄の保線区詰所だったそうです

 

「新型コロナのため、当面休業」の看板が出ていました

 

 そのレストランのシェフを務めていたのが。中務(なかつかさ)雅章さんです。

 中務さんは1968年、球磨郡あさぎり町生まれ。高校卒業後、反対する親を説き伏せて大阪の調理学校に入学。フランスにも渡り美食の都・リヨン近郊のミシュラン1つ星レストランで修業。帰国後は、バブル景気真っ盛りの東京の高級フランス料理店で腕を振るいました。

 

小学2年のとき、学習雑誌を見ながら作ったオムレツを家族から褒められて以来、ずっと料理人になるのが夢だったそうです

 

 そこからが少し波乱万丈です。30歳を過ぎ「そろそろ地元に戻って自分の店を持ちたい」と人吉市内に店を構えたのですが、5、6年で身体を壊してしまい閉店。8年間給食センターの仕事をした後、再び店を始めましたが、家族の健康問題があって移転を決断したところ、オープン直前になって設備の不備が見つかりキャンセル。LOOPのシェフに誘われたのはそんなときでした。

 

 そのLOOPを2年ほどでやめ、昨年4月、再び人吉の中心部に店を構えることにしましたが、今度はオープン直前になって新型コロナの非常事態宣言が発令され店内営業を断念、やむなくテイクアウトのみで営業を開始しました。

 そして7月1日、満を持して店内営業を開始した途端、わずか3日後、豪雨災害で被災。現在もテイクアウト営業のみで、店内営業のめどは立っていません。

 

店の名前は「VIS-À-VIS」(ビザビ)。フランス語で「向かい合って」の意味

 

 中務シェフの料理の魅力は、伝統的なフランス料理の流れをくむソースと、味のバランスへのこだわりです。

 キンカンの酸味、洋ナシの甘味、生ハムの塩味が調和したサラダ、野菜のうまみが広がる海の幸と旬野菜のマリネ…。チキンカツはどこにでもある料理ですが、ビザビのソースは独特です。「食材との対話」を大切に、素材も自分で選んでいるそうです。

 

単品料理は400~1000円が中心

 

4150円のオードブル盛り合わせには、料理7品とチーズが入っていました

 

オーダー制のメニューは電話注文がおすすめ

 

 地方にあって全国からお客さんを集めるレストランはいくつもあります。LOOPのお客さんも世界から来ていたそうです。

 「確かにそれは凄い経験でしたが、今は、それよりも地元を大切にし、地元の方が求めるもの提供したいと思っています」と中務シェフは言います。「何より料理を作るのが大好きですし、それが私のライフスタイルです」

 

 世界を見てきたシェフが地元に根をおろしてどんな味を作り出すのか、ワインや球磨焼酎とその料理のマリアージュを、お店で楽しめる日を待っています。