愛しているよ永遠に…

愛しているよ永遠に…

2020年12月17歳の長男が事故で突然天国に行ってしまいました。
バイクの後ろに乗っていました…
世界が突然変わってしまい絶望のどん底にいながらも残された家族のために生きています。

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子を亡くした母親に気持ちが晴れる日は訪れるのだろうか

毎日毎日雨の日が続いても

人はいつかは晴れると思っている

でも私の心はどうなのだろう

晴れることなんてないんだろうな

雨が止むことはあっても

もしかしたら雲の隙間に少しだけ青空が垣間見られることがあっても

晴天となる日は来ないんだろうな




朝のウォーキングの時に聞いていたポッドキャスト


優しい考えなど共感できる事が多いので昔から聞いていた


でも今朝は聞いた回では、今の私にはどうしても違和感を感じる考えがあってその事について話していた


それは『自分のした事は巡り巡って自分に帰ってくる』という事


辛い事が続いたりしたら自分のこれまでの行いを振り返って正すんだって言うようなことを言ってた


『自分が引き寄せている』とかスピリチュアル系の本とか自己啓発の本とかよく見る言葉であの日までは私も素直に捉えて『身を引き締めよう行いを正そう』なんて思ったりもしたけれど今はどうしても、どうしても辛い言葉でしかない。


大切な人を亡くして辛い暗闇のどん底にいて、ただでさえ自分を責めてしまうのにそれに追い討ちをかけて『そりゃ自分のせいだよ』って言われている気分になるだけでどうしても嫌悪感を感じて暗い気持ちになる


確かに自分はダメダメ人間だけれどでも息子を失うほどなのか?と考えるとどうしても疑問を感じる…


これって仕事の事で何かあったとか、何か壊れたとか、何かがうまく行かないとかそんな時には助けになるかもしれないけど、大切な人を喪った人には凶器になる言葉のような気がしてしまうんです。


そう考えてしまうのは良くない事なのかな…






12月は心も身体もしんどく辛い月でした。

前の年のことを追って再体験しているような、そんな辛く悲しい日々でした。身体も反応していたのか体調不良が続いていました。


年末年始と辛い思いをしている人はたくさんいる事を知り、今まで感じたことがなかったのはなんて幸せだったんだろうと感じた。


しばらくブログも書けず、1月に入って少しづつまた書いていこうと思っています。


祥月命日も過ぎて新しい年に入り、今月から仕事に戻れると会社に報告。


今の所まだ仕事自体入っていないけれど、物凄く大勢の仕事の人に次々と会うことはとても憂鬱なのは変わりないし、泊まりが多くなる仕事なので不安だけれど、もともとは大好きな仕事で今思えば仕事をしていた頃は生き生きとしていた。


そんな自分に戻れるとは今は全く思えないけれど、だらりと伸びきったゴムの様な生き方に少しは張りを持たせることができるのかな。伸びきったままでは心にもなんとなく良くない様な気がして戻る事に挑戦してみる事にした。


どうなるのかはわからないけれど、時間数も減らしてもらって、だめならまた休めば良いと思ってあまり自分を追い詰めない様に考えている


大きな会社だから私1人がいなくたってなんて事ないんだから、自分のことを考えなくちゃと…


“時間が癒す”とか言う人もいるけど、悲しみが消えることはないし、あるわけがない。


でもここの所自分の思考を逸らす癖がついたと言うか悲しい記憶が思い浮かぶのは変わらないのだけれど、それを考えないようにできるようになった気がする。

もちろんいつもではないけれど… 


でもこれって、浮かんだときに辛すぎるから自分の心が拒絶しているだけなのかもしれないな…


今年は少しでもできた事に目を向けて、不安感が強いのは未だに変わらないけれど、不安に目を向け過ぎず良い事に目を向けて、良い方向に考える。


とても難しいけれど無理のないように少しでも意識していけたらなと思います。





これまではカウンセリングでのアドバイスは全て守らないといけないと考えて随分自分に無理してきた


カウンセラーは信頼できるとてもいい人だけれど同じ経験をしているわけではない


確かにアドバイスを実行して助けになった所もあるし医学上正しいのかもしれない


でも時にそれらのアドバイスが実行するにはとても辛いもので半信半疑になる時もある…


多分辛すぎて避けたいという自然な反応なんだろうと思う「戦うか逃げるか反応」ですね…


カウンセリングでのアドバイスはいつも模範解答

理想的な世界で現実の世界はそれだけではない気がするんです


辛くても無理にでもそのアドバイスを実行することよって癒されると何度も言われるけど、そうとも限らないのでは?と疑問に思うことも


言うのは簡単だけれど実際にはいろんな感情が複雑に絡み合ってそんなに単純で簡単なものではないんだよなと思う


それがSNSやブログで声かけてくださる同じ経験をされている方たちのアドバイスの方が時に優しく、無理しなくてもいいんだ、自分の心の声を聞きながら過ごすのでいいのかなと思えてるようになってきた


経験したことのないプロよりも経験者の方が現実的に感じられ、私の気持ちもわかってもらえて片寄っていた“プロ=正しい”と言う偏見が和らいで気持ちが楽になる自分に気がついた


これからも自分の心と身体の声を聞きながら無理のないよう過ごしていけたらなと思う


優しい声をかけてくださる皆様、本当にいつもいつもありがとうございます





朝目が覚めた時から気分が鬱々してぐるぐる思考が止まらない


まずはジャーナルに心の中の悶々とした思考を思いっきり書き出す


その後久しぶりに朝のウォーキングに行くことにした


12月に入って気持ちに余裕がなく朝の運動が全くできずにいた


太陽を浴びると精神の安定や安心感をもたらすセロトニンが分泌されるらしいから、12月に入って抑うつが強まってきているし、これからまた朝も少しでもいいから外歩こうかな


暑かったけど太陽の下で黙々と歩くことはぐるぐる思考をパクパク食べてくれている様な気がしていいかもと思えた


途中すれ違った方に笑顔で挨拶されただけで『助けて〜私こう見えてもすごく辛いの』と助けを求めたくなり、うるうるしてしまったけど、それも歩いているうちにまた気が紛れていった


1時間弱歩いて気分がだいぶ良くなった






青空と色とりどりのお花に眼を向ける余裕があるからきっと大丈夫… なのかな…

自分の子供が自分よりも先に行くなんて

自分の子供の亡骸を目にするなんて

誰もが非現実的な事なんだと思う

自分だってそうだった

まさかそんな事、ドラマや映画の中でのことで、それだけでも辛いのにまさか自分が体験するなんて思いもしていなかった

きっと誰もがそう

だから未だに現実に起きたことだって理解できずにいる

未だに非現実の世界を彷徨っている

さよならなんて一生言えない

受け止めることなんてできない

だから現実なんだというものやことに面すると未だにその都度衝撃が走る

その都度どん底に落ちて泣けてくる

願い事が叶うのなら、以前の幸せな4人家族に戻して欲しい

疑ってもみなかったあの幸せな時に戻して欲しい




昨日の夜は夫は仕事、次男は友人宅へお泊まりに行ってしまって心細かった


いつも夕方から調子が悪くなり、家族がいると何とか平常に振る舞ってはいる


でも1人だとどんどん悲しみの沼に入り壊れる


昨日も1人になった途端心細くなって涙が出た


寂しさから長男を感じたくなり去年の日記を見返してしまった


旅立ってからあの子に会えるまでの11日間は本当なのかなという気持ちが心の何処かにあったのだと思う


それが姿を見て現実を突きつけられ名前を呼んで泣き叫んだ


あの時の事が今でもフラッシュバックする


私だけじゃない、こんな経験をしなくてはいけなかった親はいったい何をしたっていうんだろう


真面目に一生懸命働いて、確かにだめだめな親だったけど愛情いっぱいに育ててきたつもりだった


でも『どうして?』と心に中で自分に問いただすときいつもたどり着くのは『全て自分のせいなんだ』と思ってしまう


周りはそんな事ないと言ってくれるけど


カウンセリングでもどうしてなのか何度も繰り返し言われるけど


それでも自責の念は消えることはないみたい


後悔している事はたくさんたくさんある



あんまり思い込まないようにしようと思っていたけれど、記念日反応はやっぱりあるんだな…


既にこんなんだったら当日はどうなっちゃうのか怖いけれど、意外と冷静でいられるかも知れないし…


『あれして、これして、これもしなきゃ』その日どう過ごすか、特別なことをしなくちゃって思ったりしていたけれど、みんなただでさえしんどいからできるだけシンプルに静かに過ごした方が私にも夫や次男にもいいのかもしれない


家族でオランダに行った時の写真

クリスマス前で何処も素敵だったな⭐️




毎日得体の知れない不安感に襲われている


命日反応なんだろうけど、不安で、でも何に不安なのかよくわからない。けど不安。


それが次男の事を見ていると多分何でもない事なのに一つ一つの行動に不安が強まる


昨日バイト先からコロナの予防接種を受けないといけないと告げられたそう


次男は小さい時深刻な食物アレルギーを持っていてアナフラキシーを起こした事もあってとても怖かった

大きくなってすっかりそれがなくなり何でも食べられるようになった


でもアレルギーがあった人は様子を見ないといけないと言われているしとても不安


まもなく来る命日に正気でいられるか不安


命日にやっと行こうとしている事故現場にちゃんと行けるか不安


クリスマスがどうなるのか不安


年末に去年の日々が思い出されるだろうことが不安


年明けの復職が不安


不安ばかり


あの時から不安がすごくてすぐにパニックになりそうになったり、すぐイライラしたり、カーッときて何かを破壊してしまいそうな怒りが現れたり、ものすごく不安定だったけど、毎日朝晩歩いたり、メディテーションしたり、カウンセリングにも通ってだいぶ落ち着いていた


それがまた少しづつ戻って来ている感覚


だったらまた同じことすればいいのかも知れないけど、そんな気力もなくなってる…


毎朝歩いたり走ったり頑張っていたけど今はそれもできない…


今は心にできるだけ負担をかけないようにやりたいと思うことだけやるようにしている


無理すると夕方からの落ち込みが更に強くなるから気をつけるようにしている


ここを乗り切ったらまた落ち着くのだろうか


死別の苦しみは永遠に続くのだろう


でも生きていかなくちゃいけないから何とかやり過ごせるように努力している


同じ経験をしている人じゃないとこれはわからない


わからないから上辺の様子だけを見てもう大丈夫そうとか勝手に判断される


中身は全然大丈夫なんかじゃないのに


1年が経とうとしているけどこの傷はまだまだ癒えてなんかいなかったんだと自分自身気が付いた


いや、癒えてはまた開いてと言うのを繰り返していくんだろうな、きっと…


家族で行ったカンクンの夕陽

幸せだった日々の想い出








数日前にクリスマスツリーを飾った


あちこちにクリスマス商品が置かれているのを目にしたり、クリスマスソングがかかるのを耳にしたりするとあの子はもう聞けないんだとかクリスマスのワクワク感を味わえないんだ…とか思うと辛くて本当はクリスマスは辛い


でも次男は去年のクリスマスとっても楽しみにしていた。長男には久しぶりに再会できる予定だった。それがその1週間前にあんなことが起こってしまって何とも表現しきれないくらいの暗く悲しいクリスマスとなってしまった…


次男にとってクリスマスがこの先ずっと辛く悲しい日になって欲しくない


そう思って今年は必死にツリーを飾った


子供たちが小さい頃から飾っているツリーで背が高かった長男の背丈くらいあるとても大きなもの


飾るにも時間がかかる


今までは子供たちに手伝ってもらいながら一緒に組み立てて、最後に毎年交代で子供に1番上のお星様をつけてもらっていた 小さい時は届かないから抱っこしてつけてもらっていた


それを今年は一人で物思いにふけりながら何とか飾ることができた


今まではプレゼントもショッピングセンターに行ってブラブラ歩き回って色々と買ったりしていたんだけれど、今は人に会いたくないからどうしようかな…


その前に一周忌も迎えるからまずはそこを乗り切るのが先だな…


クリスマスが終わっても去年の年末は葬儀など1番しんどい事が続いた日々だったからもう今から鮮明にその日の記憶がフラッシュバックする…


大丈夫、大丈夫、大丈夫


そう自分に言い聞かせて、何とか日々過ごしていこう…


あの子は今どこにいるのかな…



2年前のクリスマスケーキ 





いつも家に引きこもっているので自分が会えそうだなと思える人が声をかけてくれた時はちょっと無理してでもできるだけ会うようにしている


声をかけてくれる人なんてほとんどいないんだけど、

今日は職場の友人に会った


仕事復帰に向けて様子を知っておいたほうがいいのかなとも思いコーヒーを飲みながらお喋りをした


でもやっぱり今の私にはとてもしんどくて、家に帰って仮面を外したら途端に頭痛が襲ってきてお薬を飲んだ


私のことを気にかけてくれるような問いかけもなく、ただ単に職場の人の陰口が中心だった


それを聞いて噂好きの職場を思い出しうんざりしてしまってますます戻ることに自信がなくなってしまった


少しだけ息子が小さかった時に話を明るく持ちかけても目を合わさずさらりと受け流されるだけだった


なんて言っていいかわからないんだろうな…


人に期待はしちゃいけない


わかってはいるけれどやっぱり今の私にはこんな事が過敏に感じてしんどくなってしまう


もうすぐで命日を迎えるんだけどな…

去年はそこからは怒涛の日々だったからこれから暫くは心が更にしんどくなるんだけどな…


その友人が悪いわけではない


ただ、こんな気持ちは違う世界の人にはわかる訳ないんだよね


私だってわからなかったし、わかりたくもなかった


これから年を越すまでは静かにこの世界に引き篭もりたいなと思った


暫くは夫と次男とだけで過ごそう


すっかり生きる世界が変わってしまったんだなってまた改めて自覚した1日だった