ワタシは電車通勤だ。時間にして10分ちょいぐらい。
その間、音楽を聴きつつ、本を熟読している。

たとえ満員電車であっても、その世界にはワタシただひとり。
自分の最寄駅さえ乗り過ごすこともしばしばなほど、
車中では間違いなく仕事中より集中している。

そんなある日、いつものように電車の中で本を読んでいると
前に立った人に靴を踏まれた。

「すみません」と言われたので目を上げると、
お腹がふくらんだ女性が立っていた。

とっさにワタシは立ち上がり、「どうぞ」と席を譲った。
ワタシはその女性を妊婦さんだと思ったのだ。

でも、予想外にその女性は不振な表情を浮かべた。

女性「えっ?いいですよ・・・」

ワタシ「えっ??いいですか?よかったら・・・どう・・ぞ・・・」

席を譲るべくオススメしている間、血の気が引けてくる。
彼女、妊娠してない!!太ってるだけだし!!!

ヤバイ!妊婦と間違えた!!!
本を読んでいたからか、
寝起きのように状況判断能力が著しく低下していたと思われる。


めちゃめちゃ失礼だ。ありえない、失礼すぎる。最悪だ。
車両には、お客が他に何人もいるのに・・・

もしワタシが彼女なら、穴があったら入りたいぐらい
いたたまれない気分になると思う。
しかも、彼女は何も悪くない。
棚からボタ餅ならぬ、棚からゴキブリ状態だ。

本当に申し訳ないです。マジ、すみません。
土下座も辞さない申し訳なさに、
どうやって会話を終わらせることが最善かを脳みそフル回転で考える。


1.素直に謝る

絶対ダメ!!
「あなたのお腹が出ているから妊婦と間違えちゃいました」って言うようなもんだ。
正直な心は美しいけれど、それが正しい回答とは限らない。

2.「あ、そうですか」と引き下がる

悪くはない。でも、彼女のおデブ疑惑は払拭されない。
ワタシが元の席に座り直した後、ジワジワとボディーブローのように
彼女はダメージを痛感するだろう。

3.携帯に電話がかかってきた芝居をして隣の車両に消え去る

2と同じだ。
むしろ自分ひとりが逃げ、彼女を置き去りにすることになるので
卑怯な気がする。しかもマナー違反だし。


上記を考えること、時間にして約5秒。
彼女の表情が曇り始める。
言われてすぐは理解できず不可解なだけだったけれど、
ワタシと話をしている間に「妊婦疑惑」に間違いなく感づきはじめている!!

もう時間がない!!


ワタシ「あの、あ、足、お怪我されてるんじゃ・・ないんですか・・・???」

女 性「えっ、大丈夫ですよ」

ワタシ「あ、そうですか」

そこで会話は終わった。(大丈夫かコレ!?)
苦肉の嘘で元の席に座りなおしたワタシが、
無理やり本を広げ、熟読を試みたけれど

上の空で文字が頭に入らなかったことは言うまでもない。