毎年春になると“気候のせいか…”と、悲惨な事件が起こります。
春が人を狂わせる?
今年も五月になり春は通り過ぎていきましたが、理不尽な交通事故を伝える報道が続けざまに見られました。
登校中の児童・小学生の列に…、無免許運転の少年が…、見通しのいい車線にブレーキのあともなく…、行楽・都会に向うツアーバスが…。
心を痛める事故の模様が、どうしてこんなに繰り返し繰り返し映し出されてしまうものか?
重労働、寝不足、不注意、過信、病気によるものと原因は様々ながら、どれもこれも根底はつながっているものと思われます。
“生きるため”“楽しむため”の結果として、人の命を奪ってしまうことの悲劇は不条理というにはあまりに哀しく、惨たらしいものです。
それにしても、どうしてこんなに続いて起こるのか?
人も今や機械の歯車、社会の一部です。
春が人を、社会、機械すらを狂わせる?
“春”に追いつけない人間の“情動”が一気に吹き出し、まわりを飲み込んでしまうのでしょうか?
桜は、人の血を吸って育ち、花を咲かせると聞いたことがあります。
その花の美しさや散りざまに日本人の歴史的な生死観を重ね合わせたものでしょう。
桜は何のために咲き、そして散る?
散り際、その莫大なる“生”の余剰が行き場をなくして溢れだす。
胸が疼いてムズムズする感覚と、春眠暁を覚えず…?
暖かくなり、夢と現実の間がぼやける季節。眠っていた情念、欲望が衝動的に心の隙間から噴出してしまう時期。
春になると何かが目覚め、夏に向かって動き出そうとする。
春から夏へ、身体の中の熱が一段と高まる時、それまで惰眠を貪っていた“何か”が奔流となって暴れだす。
上手く昇華させるには…どうしたらよいでしょう?
春が人を狂わせる?
目を覚ませ、いい加減にしろ、もう勘弁してくれ!!
ニュースが流れるたびに口に突いて出た言葉です。
自分の進む路、落とし穴はないか…?
あっちこっちと慎重に“定期点検”、“指差し確認”が必要です。
