今日のNHK「日本人のおなまえっ」という番組では上中下の字がつく苗字を特集していました。

ちなみにこれ、最近のNHKにしてはかなり良識ある番組で、なかなか面白いので出来る限りは見るようにしています。

 

自分は上中下よりも今日のゲストで出てきた井上和香の「井」の字に注目してしまいました。

というのも「照井」の「井」。今日の話だと井戸よりも用水路の意味でした。

 

照井と用水路は、ぢつは切っても切れない関係にあるのです。

 

下は一関の地図(県別マップル)

 

赤で囲ったところに「南照井堰」という文字が見えます。南照井と言うことは、もちろん北照井堰もあります。北照井堰は平泉に注ぎ、世界遺産の黄金都市を潤していたのです。

 

一関の中心部からやや北に行ったところに「中里」という場所があるのですが、そこにあるのが照井神社。

 

 

案内板に照井堰の由来が書かれています。

 

 

四行目に「照井太郎高春」と書かれていますね。

宮城県内では高直、岩手県だと高春が一般的ですが、これは高春の息子が高直ではないか、というのが我が考え。高直は若くして戦死し、妻と幼い子供が戦火を逃れているという伝説があります。

高春は用水路掘削に尽力していますので年季の入った人物であろうと思われます。

 

 

ご先祖の霊に敬意を払ってお参り。社殿そのものはもちろん平安時代のものであるはずがなく、昭和初期に建てられたもの。

 

 

照井土地改良区とありますが、この神社のことを教えてくださったのは土地改良区のAさんでした。なおAさんは元ビートルズ、ジョージ・ハリスンの大ファン。一関市~奥州市を案内していただく合間も音楽談義に花が咲いて何しに行ったのやら。

 

 

社殿の向かって右側にある石碑群。

 

そして社殿の裏側には五輪塔がありました。

 

 

平安末期から鎌倉初期のものなのだそうです。これが照井高春の墓なのか、という確証はありませんが、今後の調査に期待したいですね。

 

 

五輪塔と言えば照井高直の墓が 宮城県栗原市金成 に残っているのを過去に紹介しました。

 

なお江戸時代中期の照井もまた一関で用水路を掘削しています。やがて非業の死を遂げるのですが、それについては後日紹介しようと思います。