看取りの違いとグリーフ




こちらのNICUで働き始めてから、どんなに生存の可能性の低い疾患や状態でも『全部やってください』とか『神の御心に任せます』みたいなのを結構聞く。望みがない子どもの最期を家族全員で看取る為の日を設けた家族はまだ一組しか知らない。

基本的に新生児の医療は親が決定権を持っているので、それに従うことになる。









日本のNICUで働いていた時は、ちゃんと(と表現すると変かもしれないが)緩和ケアや終末期ケアを提供する時間や期間があって、その間にできる限りの家族ケアをしてきた。赤ちゃんが生きている間に、家族に抱っこしてもらって、可能なら母乳ケアをして、お風呂に入れたり、手足型のスタンプをとったり、家族が選んでくれたお洋服を着たり、家族に本を読んでもらったり、同室でお泊りの機会を儲けたり。。。大人や子どものそれと違って出来ることは本当に限られているけれど、それでもその時間は何にも代え難い物だったと思う。





なによりも、産まれてきた赤ちゃんを尊厳のある人として、その苦しみや痛みを理解して決断される家族を誇りに思っていたし、出来る限りの手伝いをしたいという気持ちで働いていた。




緩和ケアや終末期ケアの時間は、生存の可能性が限りなく低い新生児のケアをする看護師にとってもとても大切な時間だと感じる。



我々にだって、心の準備は必要だし、関わって来た時間の分、愛着のようなものもある。

数日しか生きられないと分かっていながら取る入院、ライフラインの為に留置するIV、苦しくないだろうかと思いながらするケア。もしくは長期入院の末やっぱり回復の見込みがない子ども。

全部がやっぱりそうでないケースとは違う。






日々、新生児看護をしているNICUのナース達は知っている。


こういった状況になってくると、普通の赤ちゃんみたいに痛みで泣いたり、反応したりしない。身体が小さい分、痛みのレベルや反応、痛々しさが外からでは分かりにくい。特に重症度が高いと鎮静剤や抗痙攣薬、筋弛緩剤を使用することもあり余計に反応が得られなくなる。


もともと言葉でのやりとりが出来ず、表情から読み取ることも難しい相手なのだ。





全部やってください。に従うとどうなるか。

とりあえず使える薬は全部使うことになる。脳の機能がどれくらい影響を受けているかわからない。もしかしたら痙攣しているかもしれない。臓器不全手前で尿は出ないし、それでも血圧を保つ為にひたすらボリュームをいれるから身体がパツパツになる。大人なら顔がパンパンに浮腫んだ時点で見ていられないだろう。赤ちゃんはもともと顔も丸いしころっとしていて、まだ顔の作りがはっきりしていないせいもあって、あまり違和感がない(もちろんあるけど大人に比べると分かりにくい)

水分が貯留した身体でも呼吸を継続するためにどんどん呼吸機の設定は上がっていく。




もちろん泣かせるわけにいかないけれど、泣かないで下さいと言って通じる相手ではないし、鎮静剤をたくさん使う。そうなるとミルクもあげられない。気管挿管管理下で動かすこともままならない。




で、そのうち皮膚から滲出液がにじむ。ベッドのシーツを替えてあげたいけれど、動かすことがままならない状態だから、どうしてもにならないとそれも叶わない。そっと清潔なガーゼを身体とシーツの間に差し込む。



心拍が下がり始めたころ、強心剤の準備をする。いつでもその時が来ていいように薬剤の確認や投与量の確認は勤務始めにしている。


いざ心拍がガクンと低下すると胸骨圧迫を始める。心臓マッサージの為に使う親指2本を赤ちゃんの胸の真ん中に当てた時、驚くくらい沈む。浮腫んでいるからだ。バック&マスクをチューブ越しに行いながら続ける胸骨圧迫。途中の評価で心音が聴こえなくても、自分だけが聴診器で確認して聴こえなかったわけでなくても、これを20分間続ける。

そうやってカオスの中、さっきまで全てを慎重に大切に扱ってきた子を見送る。

この20分間は恐ろしく長く感じる。


普段のコードブルー対応はびっくりするくらい時間があっという間に経つのに。





家族にことの顛末を告げ、家族がいれば抱っこをしてもらう。これがこの子にとって初めての抱っこ。家族が居なければ、私たちが抱っこする。



この瞬間、いつもどうしてもよぎる考えがある。

『生きている間に、家族に、お母さんに抱っこされるチャンスをあげたかった、抱っこしてあげたかった。』



抱っこしてしばらく経つと、お別れの準備をする。




色のなくなった身体から、異物を取り除く。

お口からは挿管チューブ、胃チューブ。もしくは鼻から胃チューブ。手足にある点滴のライン達。採血の為に何度も傷をつけた踵に貼られた絆創膏。心拍モニターと酸素飽和度モニター、温度管理センサーのテープも外す。

皮膚からまだ滲出液が出ていれば透明なテープを貼る。出血はなかなか止まらないから、ガーゼを小さく畳んで圧迫する。胸骨圧迫で凹んだ胸は少しならす。



そうしてやっと初めて沐浴をする。替えられなかったベッドシーツをまっさらな綺麗なものにして、身体をかわいいブランケットで包む。








どうしても考えてしまう。どうして、家族と話し合いの結果、残された時間を赤ちゃんにとって一番負担のない、穏やかな時間にしましょうという方向性になかなかならないのか。




全てやる、は時折、あまりにも残酷だ。



心拍がモニターから消えて、聴診器を通しても聴こえない時、それでも胸骨圧迫を受けている小さな身体に、ごめんねって思う。

プロトコル通りに急いで投与する強心剤と輸液が血管を傷つけて、赤黒く腫れた腕や足を見て、辛くなる。




何がこんなに違うんだろう。

文化の違い、親の基礎学力の違い、単純な考え方の違い。色んなファクターがあるのだろう。

それでも、NICUでの終末期ケア/緩和ケアに於いては、日本で経験したそれらはどんなに哀しくても、暖かいものだったし、子どもが中心だったように思う。少なくとも私はそう感じていたと言える。




まだ、どうやって向き合えばいいのか、ケアに取り組めばいいのかわからないでいる。