こんばんは。空似です。

 

今回は8月19日に公開した劇場版「ツルネ—始まりの一射-」主題歌のラックライフ新曲「Hand」についての投稿です!

 

 

 皆さまは9月3日のYouTube生配信はご覧になりましたか?残念ながらアーカイブは公式ファンクラブ「Luck Life Village」のみの公開なので、村民の方は見てみてください!

そこで「Hand」へ込めた思いをPONさんが話してくれました。勿論、配信だけでなくTwitterやツイキャス、ライブなどでもPONさんは私たちに伝えてくれています。是非その思いを受け取ってください。

 

 

 要約すると、「初めは面白いとか楽しいとか“ただそれだけ”だったものが、続けていくと“ただそれだけ”ではなくなって、もっともっと大事なものになる」という気持ちが込められています。

この話を聞いて、私は大学受験の面接練習を思い出しました。「教師になろうと思ったきっかけは何ですか?」そう聞かれた時の返答を考えていたとき、きっかけ自体はすごくインパクトが弱くて、それよりも教師になろうと思って見えた物の方が大事な気がする。そう思っていたのです。

 

 

 

 

 

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 きっかけは中学1年の英語の授業です。先生がとても面白くて、英語が好きだったこともあり、成績がどんどん上がりました。それが嬉しかった。楽しかった。先生が好きだった。“ただそれだけ”です。

 しかし、高校受験で私の心は大きく揺れました。英会話塾を辞めたとたん、成績が急降下。90点代は当たり前だったのに、一気に60点代にまで落ちたのです。こんなんじゃ先生になれません。そんな時に楽しいと思ったのが数学でした。

 無事に第一志望校に受かった私は、ある人に出会います。その人は、数学の先生でした。その先生に私は凄く憧れました。毎日ある数学の授業が楽しくて、その先生の授業が受けたくてテストで高得点を出し、発展クラスに居続けました。そうしているうちに、私は友達に数学を教えるようになったのです。

 

 別の角度から見ると、私は自分にしかないモノを探していました。所謂「個性」です。それは卓球と数学でした。その二つだけは私は自分の満足いくようにしたかったのです。誰かに負けることは如何でも良かった。自分が自分の決めた位置に居続ける。それが私の存在証明だと思っていたのです。その結果、私は友達に数学を教えることで、「私は数学が得意なんだ」と見せつけていました。教師としては最低かもしれませんね。

 

 

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 話が逸れましたが、私の教師という職業に対する思いや、数学に対する思いも、“ただそれだけ”から始まったのです。私は来年の夏に教員採用試験が待っています。そこに向けて精一杯やり遂げたいと思います。

 もし、読者の方に教採に受かった経験がある方がいらっしゃったら、メッセージや合格した秘訣、自分なりの勉強法やいつまでに何をやるべきか等、何でも構いませんので教えていただけると嬉しいです。

 

 

 それではまた次回の投稿でお会いしましょう。