薄暗い電球、不思議な四角い鍋、そこには今でいうところのおでんが入っていた。
すでに煮詰まったような感じのその鍋からは何とも言えないにおいが出ていた。
父は、店主と何かやら話をしていたが、私の方は初めて食べるラーメンに驚きと興味の入り混じった状態でやや興奮気味だった。
父は小皿に、大根とこんにゃくと卵をとってくれて、不思議な四角い鍋のお汁をつぎ足した。
「こう、こんなところ初めてだろう・・・」と、父はにやにやしながら私の顔を見た。
「おとうさん、おいしい・・・」
「そうかそうか・・・」と父はご機嫌だった。
ふと、屋台の看板を見た。
ラーメン次郎と書いていた。
戦後12年ごろだったと思う。
まだ誰しもが貧しい時代だった。
同級生には、はだしの子も何人かいた。
そんなころ、父と夜に家を出ること自体、初めてだった。
昨日から母は日之島の実家に帰っていた。
つまり夕食の代わりに父は私をラーメン屋に連れてきたのだった。
田舎の離島では、夜は一種の別世界だった。
街頭はなく、提灯か懐中電灯が必要だった。
それでも何日かある月夜の夜は、若い男女の人たちも出歩いていた。
小学校の卒業式を2,3日後に控えたその日の出来事は今でも忘れない。
初めてのラーメンの味、おでんの味、薄暗い電球の下で食べるというのは私にとってはある種の冒険でもあった。
その興奮は家に帰ってからも続いていた。
寝付いたのは夜遅くだったと思う。
その頃、父はいびきをかいて寝ていた。
興奮の一夜はそのようにして私の中を通過していった。