人にはいろいろな人生があります。

生から死というのはみな同じですね。しかし人生は様々です。

 

幼いときから付きまとっていたことばがあります。

それは「努力」というものです。

母から、父から、お寺の住職から、先生から、古物やの親爺さんから、友人から、同僚から、上司から、何かのきっかけで話した人から・・・・兎に角

「努力は大事」ということなのです。

 

私は幼いときから、「努力」は嫌いでした。

やんちゃで暴れまくった幼稚園、記憶を喪失している小学生低学年、そして目覚めた小学生高学年・・・中学生、高校生、大学でも、教員になってからも「努力」からは遠ざかっていました。

 

28,9歳の頃、パニック症をおこしてしまいました。

自分でも、自覚がないというか、ハッキリとは覚えていないのです。

しかし周囲から見るとやはり異常な行動でした。

 

そんなパニック症がなおったのは、ダウン症の子供からのハグでした。

そのころ、私は研究で、ダウン症の子供たちの自由遊戯の風景を撮影していたのです。

おかしな行動から落ち着いた翌日、自由遊戯の風景を撮影の途中で、頭を抱えて悩んでいたら、

あるダウン症の子供が私をハグしてくれたのです。

 

運動で動き回っていたその子の体温は暖かく、秋から冬に向かう時期ということもあり、私は多分冷え切っていたのだと思います。その温かい体温に包まれたとき、不思議な安堵感を感じしました。しばらくすると、緊張していたからだや気持ちが落ちついてきたのです。

 

その後、パニック症は出ていません。

パニック症が治っているのではと考えたのは、しばらくしてからでした。

今もダウン症の子供を見ると、その時のことが思い出します。私にとって彼等は天使みたいな存在なのです。今でもその不思議な力と言うか、能力を説明できないでいます。

 

この頃からです。

「努力」と言う言葉が嫌いではなくなっていたのです。

 

 

「努力」には、周りにいろいろな言葉が存在しています。

「同じことを何度も、何回も・・・」

「毎日、こつこつと・・・」

「諦めない・・・」

「続ける」

「ひるまない」

「努力をおしまない」

 

いろいろな本を読んでいると、

作者の心がこもっている「努力」という文字に出会うことがあります。

多分、文章のもたらす力と言うか能力なのかもしれません。

 

最近読んでいる本は、女性の作者が多いことに気づきました。

文章からくる 優しさ、楽しさ、奥深さ、素直な・・・が感じられるからかもしれません。

正直で、うそをつかない誠実な文章が多いのかもしれません。それも男性みたいに白々しくは少しもないのです。かえって優雅であることもあるのです。だから好きなのかもしれません。

 

私は、本屋に行くと、作者の気持ちが蔓延していてうんざりしてしまうことがあります。でもこれは私の心の雑念が引き起こしていると考えています。作者の気持ちを本のタイトルから拾えないためなのかもしれません。

 

それに対して古本屋に行くと、作者の気持ちが蔓延していてうんざりするなんてことはありません。それでも「おい、そこのおじさん、私の本を読め・・・」なんて声も聞こえることがあります。そんなときは、その本のある付近から目を外して通り過ぎます。そして自分でも笑ってしまうのです。

 

最近本屋さんに行くと、病気や健康の本がやたらと多いことに気づきます。料理や家事や住居や庭や畑に関するものも多いのです。それに「エッセイ」も目につきます。

「エッセイ」にも穏やかな主張、強い口調を感じられるものがあります。

私にとっては「エッセイ」は読みやすく楽しい本です。

 

そうそう、最近の本屋さんの特長がもう一つありました。

それは付録のついた本が多くなったということです。かさばるから縦積状態です。

 

先日はよく行く本屋さんでご主人から売れ残った本の付録を3つほどもらいました。

勿論ダダです。

 

「只より安いものはなく、ここに来る回数が増えるね」と言ったら

ご主人曰く「もちろんです。いらしてください。付録も用意しておきます・・・」

 

ご主人も私も思わず笑ってしまいました。

 

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「ことばや文字や情報の中に埋もれてしまったもの」

 

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