うつろいの日々を顧みてね、もうそこには何の痕跡もなくなってしまっている。

ただ路傍の石のように佇んだあの日のことを思い出すことがある。

 

薄いピンクの手袋の片方が道端に落ちていた。でもそれだけではなかった。

 

「暖かい!」

 

拾ったとき、まだ温かさが残っていた。

持ち主は少し前にここを通ったことを知った。

 

「かわいそうにね、でも捨てられたわけではないのよ・・・」

 

「気づいたとき、持ち主はあなたのことを探し始めるはずよ」

 

「どこで待ったほうがいいかな・・・」

 

「このままじゃねー。やっぱりあの垣根の上のほうがいいよね・・・」

 

「太陽も見えるし、雑踏に踏まれてしまうのも嫌だしね」

 

その手袋を垣根の上にそっと乗せた。

 

不思議なことに、別れるのがちょっと寂しい感じもした。

 

指にはまだあたたかさが残っていた。

 

いずれこの暖かさもなくなってしまうだろう。

でも不思議な安堵感を感じた。

 

「それでいいのだ」という側頭からの返事を聞いた。