「動いたときがそのときだよ。儲ける人もいれば、損する人もいる。それが商売さ」

 

友人である福島君の言葉だった。

 

26歳から始めたベルギーダイヤモンドの個人販売、29歳のとき、彼の資産は2億円近くになっていた。

 

「こう、俺はこれで一生働かなくていいと思う・・・」

と彼は言っていたが、31歳の時には日本から脱出していた。

モロッコに小さなコンドミニアムを買ったと言っていた。

そして時折日本に帰ってきて、連絡してきた。

そして いつもの4人組がそろった。

 

集まるのは新宿の骨頭・古物屋の世界堂である。

質屋のボンボンの彼は、絵画用品の世界堂と間違えていた。

もう一人は、榛名山麓に実家のある「よっちゃん」である。

 

名前がバレているのは福島君だけである。後の3人は適当に呼び合っている。

質屋のボンボン、よっちゃん、福島君、そしてこう・・・

 

それにも益して胡散臭いのは世界堂の親爺だった。

「おい、そこのわるガキたち、遊んでばかりいないで、たまには仕事をしなよ・・」

と言っていた。俺たちは親爺さんを最初は無視していたが、・・・

兎に角、よく話しかけてくれた。そしてあるとき商売の話をしてくれた。

 

新宿の骨頭・古物屋の世界堂・・・もう今はない。30年近く前の話である。

 

そして世界堂の親爺さんの自慢話が始まった。

皆またかと思ったものの、今回は「えっ・・」と思った。

 

「そこの丸っこい石、みんなはいくらで売れるか?」

皆、何を言ってんだろうと思った。

「俺なら、15万円で売れるな・・・」

「あんたたち、そんなに高くは売れんだろう・・・」

「そんなもん売れるか、と思っているから、売れないんだよ・・・」

「みんな、アホなんだよ、つまりバカなんだよ・・・」

みんな、あきれ顔だったが、福島君が聞いた。

 

『親爺さん、その石どうやってそんなに高く売るんだよ・・』

「おっ、あんたには商売人の素養があるね・・・」

「教えてもいいけど、たまには何か買ってくれよ・・・そしたら教えてやる・・・」

 

「親爺さん、おれが後から何か買うから、教えてよ・・・」

親爺さんは少し考えていた。

 

「いいだろう・・・教えてあげるよ・・・よく聞きなよ」

 

「この石、千葉県のある海に近いところで拾った石だよ。拾うにしても品がないといけない。そうじゃないと、高く売れないよ。まずは品のある石を拾うんだね」

 

「それから、この石を入れる桐箱を、家具屋で作ってもらうんだよ。そうそう、けちっちゃいけないよ。それなりの品格を整える必要がある。まあ、1万5千円から2万円ぐらいは覚悟せにゃいけんな・・・」となぜが親爺さんは笑っている。

 

 

「ここからが、肝心なところなんじゃよ。しっかりと聞きなよ・・・」

 

と言いながら。親爺さんは、ここでタバコを一服し始めた。

それもおいしそうに、我々を眺めながら、時にはニヤリとしながらである。

 

「いつもより長い」みんなそんな風に感じていたと思う。

いつもの倍の時間をかけてタバコを吸っていた。そして口を開いた。

「つまりだな・・・・曰くが必要なんだよ・・・肩書とでも言うのか。。。」

 

「いわく、親爺さん、それ何?」

「いわく、だよ・・・・よく曰くつきなんて言うだろう・・」

福島君だけが、驚いたような顔をしていた。

質屋のボンボンとよっちゃんと私は・・・

「また胡散臭い親爺のたわごと」と思っていた。

 

それて、おもむろにそこにおいてあった石を手に取って話を続けた。

 

「つまりだな・・・・いわくなんだよ・・・・いわく・・・」

「これがないと、何の価値もない・・・いわくなんだよ」

 

皆、我慢の限界に近かった。

 

しかし、福島君だけは違った。確かに親爺さんの発言を待っていた。

 

 

「この石は、あしりの天皇陛下が那須の御用所のお庭で、ただ一度だけ躓いた石・・・」

 

「その石なんだよ・・・」今度は我々三人が驚いた。

 

福島君は、冷静に

「親爺さん、その事実はどうやって証明するんですか」と聞いた。

「おいおい、福島君、こんなもんにいちいち証明なんかいるか?」

「そんなんに証明書なんかつけたら、かえって買う人から怪しまれる」

「だから、あなたと私の秘密として売るんだよ」

「売る人と買う人だけが知っていれば、つまり信じていればいいんだよ」

 

皆は唖然としていた。

 

そして再び福島君が親爺さんに尋ねた。

「親爺さん、ところでいくらで売ったんですか…その桐箱の石」

「よく聞いてくれた。あんたはやっぱり商売人だよ・・・」

「15万円ところを12万円にまけて売ったんだよ」

「買った人も、3万円も安く買えたと喜んでいたよ」

ここでやっと質屋のボンボンが口を開いた。

 

「親爺さん、それ詐欺なんじゃない」と聞いた。

 

親爺さんは、その質問を待っていたかのようにニヤリとした。

「詐欺なんかじゃないよ。こんな商売では、高く買った人が負け、高く売った人が勝ちに決まっているんだよ。誰も文句を言えないよ。警察だって相手にしないさ・・・」

 

質屋のボンボンはそれを聞いて納得していた。

多分、自分にも似たような経験があるのではと思った。

 

このとき、よっちゃんだけはナゼか余裕があった。

その訳は後から分かった。

 

彼が一年後、六本木の高級マンションの最上階に住むなんて誰も考えていなかった。

 

人の人生は分からんなと思った。