イザ、高木の墓参りをしようとすると、連絡先がおぼつかなくなった。高木の奥さんのところか、高木の父親のところしかない。高木には子供達も居る。もうだいぶん大きくなっているはずである。奥さんから連絡を受けたのはおよそ10年ほど前である。
雅久は机の引き出しを片っ端から調べてみた。「あった」それは奥さんの連絡先と高木の父親の会社の名刺だった。よしこれなら大丈夫と思った。それに高校時代の友人の住所録等が見つかった。今日は木曜日で朝の11時近くである。電話してみることにした。
まず、高木の奥さんの連絡先に電話してみた。「現在この電話は使われておりません。もう一度電話番号をお確かめの上、おかけ直しください・・・」雅久は思いもよらなかった。「どうしたんだろう」とは思ったものの、もうあれから10年近く経っている、引越ししたのかも知れないと思った。
そこで雅久は、高校時代の会員名簿から高木のことを知っていそうな友人に電話してみることにした。名簿を探して篠山君を見つけた。雅久と高木と篠山は大の仲良しだった。多分実家の番号かもしれないと思ったが電話してみることにした。
電話すると、お母さんみたいな人が出て「はい、篠山です。どちら様ですか」と返事があった。「私は篠山君が高校時代の・・雅久といいます。篠山君の連絡先を知りたいのですが」しばらくして「えっ、雅久君なの、ずいぶん久しぶりね、元気でしたの」「ご無沙汰しています。元気でやっています。今日は同じ友達の高木君の家族の消息を知りたいと思い、電話しました」「今、数樹は会社なの電話番号を言いますから、そちらにかけてみて、きっと驚くわよ、この前帰って来た時もあなたのことを話していたわよ・・・・電話番号は、03の・・・・」「ありがとうございます。それでは早速かけてみます。ありがとうございました」
雅久は篠山君の母親から教えてもらった電話番号に電話してみた「株式会社マライヘイズです。お客様は・・・」「・・雅久と言います。篠山数樹君の高校時代の友人です。お取り次ぎをお願いします」「了解しました。専務は今在室していると思います。しばらくお待ちください」
「篠山です」と偉そうな返事だった「雅久なんだけど、高校時代の・・」しばらくして「おい、ほんとうに雅久か、どうしてたんだよ。心配掛けやがって」と急に普通の言葉になった。「ごめん、ご無沙汰しているよ。今日電話したのは高木の墓参りをしたいので場所を知っていないかと思ったんだよ」
「そうか、高木が亡くなってもう10年ちかくになるね。44歳になったばかりだったからね。あの時は奥さんはすごく嘆き悲しんだようだけど、それから2年も経たないうちに再婚したんだよ。それも6歳も若い男とね。子供はもう独立しているみたいだよ。上が男の子で24,5かな、下が女の子で21,2歳ぐらいだと思うよ。高木の父親の会社で働いているみたいだよ」
「そうなんだ。ところでお墓の場所は知っている?」「あの時、俺も行ったから住所は分かるよ。ちょとかみさんに調べてもらうから5分後にもう一度電話してくれる」「了解、5分後に電話する」篠山は専務になっていた。雅久は聞いたことのある会社だった。社員は1000名近く、IT系の会社である。海外のソウトウェアを日本で販売している会社であることは知っていた。「偉くなったもんだ」と呟いた。
雅久は篠山から高木のお墓のあるお寺の住所を教えてもらった。行く時は、事前にお寺に連絡しておいた方が良いとのことだった。最後に、「高木もその後いろいろあったんだよ、・・・・・話すと長くなるから一度遊びに来てくれと言った。待ってるからね」と念をおされた。雅久はうれしかった。
お寺の住所は和歌山県西牟婁郡すさみ町にあるお寺だった。此処、すさみ町は高木の父親の実家のあるところだった。篠山から聞いたのは、高木の奥さんが再婚したので、位牌と遺骨を父親が引き取り、このお寺の境内にお墓に納めたとのことだった。篠山は高木の父親との会社とも取引があり、その関係で父親と一緒に納骨に行ったとのことだった。

それにしては俺は不義理をしているなと思った。何としても高木のお墓参りをしたかった。いろいろと調べた結果、1泊2日で行けることが分かった。雅久は早速次の週の水曜と木曜の2日を使って行くことにした。ロサリオの張り紙や、JTMへの連絡等いろいろやらなければならないことも多かった。
すさみ町にあるお寺に行くのは乗換が大変だった。羽田から南紀白浜空港に行き、そこから白浜へ、さらに周参見駅で降りて・・・というようなものでおよそ6時間の旅路である。羽田を8時頃に出発するとお寺にはお昼過ぎには到着出来ることが分かった。周参見の旅館に一泊することも決めた。
雅久は早速、高木の父親の会社に電話を入れた。雅久は高木の父親に、ご無沙汰と色々なことのお礼と
周参見のお寺に墓参りすることを伝えた。高木の父親はものすごく喜んでくれた。そしてお寺の住職に電話しておくとのことだった。「ありがとう、雅久君、あいつもきっと喜んでくれる。お願いする」と涙ぐんで話してくれた。雅久は長期のご無沙汰を身に浸みて感じた。その非礼を高木に詫びた。
高木の生涯のことを考えると、色々あることを知り「結婚してもいろいろあるんだな・・」と呟いた。高木の父親の話しでは、子供達は父親の会社で働いていることが分かった。長男には会社を継がせたいとも話していた。そして雅久も会社に遊びに来るように云われた。雅久は近いうちに行くことを約束した。高木の父親はすでに70歳を超えていた。
・・・・・・・
雅久は高校時代の制服のボタンを保存していた。そのボタンの一つを旅行鞄の中に入れた。朝早く家を出た雅久は8時20分の飛行機で南紀白浜空港に向かった。1時間と20分で南紀白浜空港に到着した。天気が良かったのでさらの旅は快適だった。それからバスに乗って白浜経由ですさみ町に向かった。ここで旅館に一旦荷物を置いて、高木のお墓のあるお寺に向かった。

お寺には15分ほど遅れて到着した。お寺の住職は心待ちしていたように丁寧に対応してくれた。「わざわざ遠いことろからお疲れ様です」とお茶を出してくれた。そして高木が幼いころ此処に住んでいたことを聞いた。当時は秀才と言われた子供だった。この辺では有名だったそうである。
そう云えば、雅久がいつもトップで高木は2,3番だった。雅久は高木の方が頭は良いのではと思ったことが何度もあったことを思い出した。高木は幼いころからとても優しかったそうである。そして悪ガキには体を張って向かって行ったと住職は話していた。交通事故で亡くなるとは思ってもみなかったようである。住職はそのようになることは運命ではなく必然的であるとも話していた。雅久にはその意味を解くことが出来なかった。
住職自らが高木のお墓を案内してくれた。高木は高木家の墓に納められていた。住職は雅久を一人置いて家に戻った。「帰りにもう一度寄ってください」と話した。雅久は「分かりました」と返事した。雅久は用意したお花と水をやり、線香を焚いた。
突然、「雅久、お前か」といういつもの高木の声が聞こえてきた。雅久は周りを見渡すほどに本当の声だったのである。高校時代とそっくりの声だった。彼はよく図書館に居た。雅久がその図書館をのぞくといつも「雅久、お前か」と言っていた。無口な男だった。そして優しかった。
「高木、すまん、お参りが遅くなって・・・いろいろとお世話になってありがとう。感謝している」それ以上は口に出せなかった。高校時代の優しく笑っている高木の顔が思い出された。その顔はマッハンタンで雅久を見つけた時も同じだった。「やっぱりお前は俺の命の恩人だよ」と呟いた。雅久は此処に来れたことがうれしかった。喉に永く閊えていたものが無くなったような感じもしていた。空は青く澄み切っていた。のどかな風景は、高木の幼いころの顔を想像させた。この環境が高木を育てたのだなと思った。いいところだった。
帰りに住職のところに寄った雅久は、住職からあるものを渡された。雅久はそれを見て驚いた。それは雅久が鞄にしのばせてきたボタンと同じだった。雅久は上着のポケットからボタンを出して住職に見せた。「驚きましたね。これこそ気持ちが通じ合っていることなんでしょう」と住職が言った。
「ご住職、私のボタンと一緒にお墓の隅に納めてもらえませんか」と尋ねた。「分かりました。雅久さんの気持ちをくんでそのようにします。高木君もその方が喜ぶでしょう。でも高木君のボタンは二つありますのでその一つは雅久さんがお持ち帰りください」
「ご住職、ありがとうございます。そのようにさせてください」と雅久は言って高木の制服のボタンの一つをいただいた。住職はお仏壇に向かってお教を唱え始めた。そして、「雅久さん、あとは大丈夫です。何年か先か分かりませんが、又おいでください。高木君も喜ぶでしょう」

旅館に着いた雅久は、高木のボタンを握りしめていた。雅久は高木と思いが同じだったことに驚いた。「親友だもんね。篠山だってそうだし、俺達、仲良かったもん」と呟いた。雅久はほんとに来て良かったと思った。それにしてももっと早く来るべきだったのかもしれないとも思った。
それから、お風呂に入り、旅館の近くを散策して、7時頃には夕食が用意されていた。ゆっくりと夕食を済ませ、しばらく畳の上に寝っ転がっていた。雅久は高校時代の夢を見ていた。三人はよく遊んでいた方だったのかもしれない。そして成績の上位を占めていた。もちろん勉強をしていなかったのは雅久である。高木は図書館によく居た印象がある。篠山はスポーツに夢中だった。
次の日のお昼過ぎには同じルートで東京に帰ることにした。南紀白浜空港から羽田空港のルートである。白浜からは5時間程度と到着が早くなっていた。雅久は飛行機の中ではほとんど寝てしまっていた訳ではなかった。不思議な出会いがあった・・・。何か疲れはあるものの、心地良いものであった。そしてなりより,高木のお墓にお参りしてお礼を言えたことは気持ちの上ですごく良かった。長年、し残していたことをやり遂げた思いだった。
その夜、8時前には家に着いた。雅久は早速、高木のボタンに記しを付け、例の小物入れに入れた。そこには雅久のボタンが数個輝いていた。「44歳か、まだ若いよね、俺よりも早く死ぬなんて」と呟きながら夕食の準備を始めた。
夕食を済ませてゆっくりとしていた雅久はふとパソコンのキーボードの上を見た。そこには何故かChristinaの古ぼけた写真が置いてあった。おかしいな、なんでこんなところにあるんだろうと考えた。いつも財布の中に入れていたからである。雅久は和歌山に出かける時に、財布を整理して、搭乗券などをチェックした時に、キーボードの上に置き忘れたのかも知れないと思った。
ふと、雅久はパソコンを立ち上げてメールを確認してみようと思った。雅久のパソコンはWindows2000でかなり古いものだった。立ち上がりが遅くイライラすることもあったが、最近はそれにも慣れていた。5分後には操作待っててくれたからである。「そろそろ買い換えなくっちゃ」と呟いた。
いくつかのメールのなかにジョージ社長からのメールがあった。メールを開いてみた。そこには、雅久にJTM本社の社外取締役に就任してくれとの依頼のメールだった。年俸は15万ドルと記されていた。雅久は突然の依頼にも驚いたが、年俸の高さにも戸惑ってしまった。
またそこには、月に1回開かれるニューヨークでの役員会に出席することと、日本支社に周に1回程度出社することなどが条件として記されていた。請求出来る旅費その他の経費は年間5万ドルとなっていた。雅久は仕事らしい仕事に就いた経験がない、ジュージ社長はそのことも十分知っているはずである。それでもこのような依頼をしてきたということは同情だけではないのかも知れないと思った。
Christinaが「自分を信じなさい」と言った言葉を思い出した。しかし雅久は大丈夫だろうかとの不安はないわけではなかった。前回の助言を高く評価されていやしないかとも思った。猜疑心が頭を持ち上げるものの、Christinaが「自分を信じなさい」と言った言葉の説得力の方が強かった。
雅久は今日一日は考えるものの、明日には了解の返事をしようと思った。そして今まで不運続きだった人生に、今度は幸運が続いているようにも感じた。雅久は冷静さを保っていた。昔から「お前と普通のことでは驚かないよなー、そして普通でないことにも驚かない、俺はそっちの方が驚いてしまう」というのはあの寡黙な高木の言葉だった。
高校生の時と同じようにニヤリと笑った。そんな自分におかしくなって笑った。
雅久は机の引き出しを片っ端から調べてみた。「あった」それは奥さんの連絡先と高木の父親の会社の名刺だった。よしこれなら大丈夫と思った。それに高校時代の友人の住所録等が見つかった。今日は木曜日で朝の11時近くである。電話してみることにした。
まず、高木の奥さんの連絡先に電話してみた。「現在この電話は使われておりません。もう一度電話番号をお確かめの上、おかけ直しください・・・」雅久は思いもよらなかった。「どうしたんだろう」とは思ったものの、もうあれから10年近く経っている、引越ししたのかも知れないと思った。
そこで雅久は、高校時代の会員名簿から高木のことを知っていそうな友人に電話してみることにした。名簿を探して篠山君を見つけた。雅久と高木と篠山は大の仲良しだった。多分実家の番号かもしれないと思ったが電話してみることにした。
電話すると、お母さんみたいな人が出て「はい、篠山です。どちら様ですか」と返事があった。「私は篠山君が高校時代の・・雅久といいます。篠山君の連絡先を知りたいのですが」しばらくして「えっ、雅久君なの、ずいぶん久しぶりね、元気でしたの」「ご無沙汰しています。元気でやっています。今日は同じ友達の高木君の家族の消息を知りたいと思い、電話しました」「今、数樹は会社なの電話番号を言いますから、そちらにかけてみて、きっと驚くわよ、この前帰って来た時もあなたのことを話していたわよ・・・・電話番号は、03の・・・・」「ありがとうございます。それでは早速かけてみます。ありがとうございました」
雅久は篠山君の母親から教えてもらった電話番号に電話してみた「株式会社マライヘイズです。お客様は・・・」「・・雅久と言います。篠山数樹君の高校時代の友人です。お取り次ぎをお願いします」「了解しました。専務は今在室していると思います。しばらくお待ちください」
「篠山です」と偉そうな返事だった「雅久なんだけど、高校時代の・・」しばらくして「おい、ほんとうに雅久か、どうしてたんだよ。心配掛けやがって」と急に普通の言葉になった。「ごめん、ご無沙汰しているよ。今日電話したのは高木の墓参りをしたいので場所を知っていないかと思ったんだよ」
「そうか、高木が亡くなってもう10年ちかくになるね。44歳になったばかりだったからね。あの時は奥さんはすごく嘆き悲しんだようだけど、それから2年も経たないうちに再婚したんだよ。それも6歳も若い男とね。子供はもう独立しているみたいだよ。上が男の子で24,5かな、下が女の子で21,2歳ぐらいだと思うよ。高木の父親の会社で働いているみたいだよ」
「そうなんだ。ところでお墓の場所は知っている?」「あの時、俺も行ったから住所は分かるよ。ちょとかみさんに調べてもらうから5分後にもう一度電話してくれる」「了解、5分後に電話する」篠山は専務になっていた。雅久は聞いたことのある会社だった。社員は1000名近く、IT系の会社である。海外のソウトウェアを日本で販売している会社であることは知っていた。「偉くなったもんだ」と呟いた。
雅久は篠山から高木のお墓のあるお寺の住所を教えてもらった。行く時は、事前にお寺に連絡しておいた方が良いとのことだった。最後に、「高木もその後いろいろあったんだよ、・・・・・話すと長くなるから一度遊びに来てくれと言った。待ってるからね」と念をおされた。雅久はうれしかった。
お寺の住所は和歌山県西牟婁郡すさみ町にあるお寺だった。此処、すさみ町は高木の父親の実家のあるところだった。篠山から聞いたのは、高木の奥さんが再婚したので、位牌と遺骨を父親が引き取り、このお寺の境内にお墓に納めたとのことだった。篠山は高木の父親との会社とも取引があり、その関係で父親と一緒に納骨に行ったとのことだった。

それにしては俺は不義理をしているなと思った。何としても高木のお墓参りをしたかった。いろいろと調べた結果、1泊2日で行けることが分かった。雅久は早速次の週の水曜と木曜の2日を使って行くことにした。ロサリオの張り紙や、JTMへの連絡等いろいろやらなければならないことも多かった。
すさみ町にあるお寺に行くのは乗換が大変だった。羽田から南紀白浜空港に行き、そこから白浜へ、さらに周参見駅で降りて・・・というようなものでおよそ6時間の旅路である。羽田を8時頃に出発するとお寺にはお昼過ぎには到着出来ることが分かった。周参見の旅館に一泊することも決めた。
雅久は早速、高木の父親の会社に電話を入れた。雅久は高木の父親に、ご無沙汰と色々なことのお礼と
周参見のお寺に墓参りすることを伝えた。高木の父親はものすごく喜んでくれた。そしてお寺の住職に電話しておくとのことだった。「ありがとう、雅久君、あいつもきっと喜んでくれる。お願いする」と涙ぐんで話してくれた。雅久は長期のご無沙汰を身に浸みて感じた。その非礼を高木に詫びた。
高木の生涯のことを考えると、色々あることを知り「結婚してもいろいろあるんだな・・」と呟いた。高木の父親の話しでは、子供達は父親の会社で働いていることが分かった。長男には会社を継がせたいとも話していた。そして雅久も会社に遊びに来るように云われた。雅久は近いうちに行くことを約束した。高木の父親はすでに70歳を超えていた。
・・・・・・・
雅久は高校時代の制服のボタンを保存していた。そのボタンの一つを旅行鞄の中に入れた。朝早く家を出た雅久は8時20分の飛行機で南紀白浜空港に向かった。1時間と20分で南紀白浜空港に到着した。天気が良かったのでさらの旅は快適だった。それからバスに乗って白浜経由ですさみ町に向かった。ここで旅館に一旦荷物を置いて、高木のお墓のあるお寺に向かった。

お寺には15分ほど遅れて到着した。お寺の住職は心待ちしていたように丁寧に対応してくれた。「わざわざ遠いことろからお疲れ様です」とお茶を出してくれた。そして高木が幼いころ此処に住んでいたことを聞いた。当時は秀才と言われた子供だった。この辺では有名だったそうである。
そう云えば、雅久がいつもトップで高木は2,3番だった。雅久は高木の方が頭は良いのではと思ったことが何度もあったことを思い出した。高木は幼いころからとても優しかったそうである。そして悪ガキには体を張って向かって行ったと住職は話していた。交通事故で亡くなるとは思ってもみなかったようである。住職はそのようになることは運命ではなく必然的であるとも話していた。雅久にはその意味を解くことが出来なかった。
住職自らが高木のお墓を案内してくれた。高木は高木家の墓に納められていた。住職は雅久を一人置いて家に戻った。「帰りにもう一度寄ってください」と話した。雅久は「分かりました」と返事した。雅久は用意したお花と水をやり、線香を焚いた。
突然、「雅久、お前か」といういつもの高木の声が聞こえてきた。雅久は周りを見渡すほどに本当の声だったのである。高校時代とそっくりの声だった。彼はよく図書館に居た。雅久がその図書館をのぞくといつも「雅久、お前か」と言っていた。無口な男だった。そして優しかった。
「高木、すまん、お参りが遅くなって・・・いろいろとお世話になってありがとう。感謝している」それ以上は口に出せなかった。高校時代の優しく笑っている高木の顔が思い出された。その顔はマッハンタンで雅久を見つけた時も同じだった。「やっぱりお前は俺の命の恩人だよ」と呟いた。雅久は此処に来れたことがうれしかった。喉に永く閊えていたものが無くなったような感じもしていた。空は青く澄み切っていた。のどかな風景は、高木の幼いころの顔を想像させた。この環境が高木を育てたのだなと思った。いいところだった。
帰りに住職のところに寄った雅久は、住職からあるものを渡された。雅久はそれを見て驚いた。それは雅久が鞄にしのばせてきたボタンと同じだった。雅久は上着のポケットからボタンを出して住職に見せた。「驚きましたね。これこそ気持ちが通じ合っていることなんでしょう」と住職が言った。
「ご住職、私のボタンと一緒にお墓の隅に納めてもらえませんか」と尋ねた。「分かりました。雅久さんの気持ちをくんでそのようにします。高木君もその方が喜ぶでしょう。でも高木君のボタンは二つありますのでその一つは雅久さんがお持ち帰りください」
「ご住職、ありがとうございます。そのようにさせてください」と雅久は言って高木の制服のボタンの一つをいただいた。住職はお仏壇に向かってお教を唱え始めた。そして、「雅久さん、あとは大丈夫です。何年か先か分かりませんが、又おいでください。高木君も喜ぶでしょう」

旅館に着いた雅久は、高木のボタンを握りしめていた。雅久は高木と思いが同じだったことに驚いた。「親友だもんね。篠山だってそうだし、俺達、仲良かったもん」と呟いた。雅久はほんとに来て良かったと思った。それにしてももっと早く来るべきだったのかもしれないとも思った。
それから、お風呂に入り、旅館の近くを散策して、7時頃には夕食が用意されていた。ゆっくりと夕食を済ませ、しばらく畳の上に寝っ転がっていた。雅久は高校時代の夢を見ていた。三人はよく遊んでいた方だったのかもしれない。そして成績の上位を占めていた。もちろん勉強をしていなかったのは雅久である。高木は図書館によく居た印象がある。篠山はスポーツに夢中だった。
次の日のお昼過ぎには同じルートで東京に帰ることにした。南紀白浜空港から羽田空港のルートである。白浜からは5時間程度と到着が早くなっていた。雅久は飛行機の中ではほとんど寝てしまっていた訳ではなかった。不思議な出会いがあった・・・。何か疲れはあるものの、心地良いものであった。そしてなりより,高木のお墓にお参りしてお礼を言えたことは気持ちの上ですごく良かった。長年、し残していたことをやり遂げた思いだった。
その夜、8時前には家に着いた。雅久は早速、高木のボタンに記しを付け、例の小物入れに入れた。そこには雅久のボタンが数個輝いていた。「44歳か、まだ若いよね、俺よりも早く死ぬなんて」と呟きながら夕食の準備を始めた。
夕食を済ませてゆっくりとしていた雅久はふとパソコンのキーボードの上を見た。そこには何故かChristinaの古ぼけた写真が置いてあった。おかしいな、なんでこんなところにあるんだろうと考えた。いつも財布の中に入れていたからである。雅久は和歌山に出かける時に、財布を整理して、搭乗券などをチェックした時に、キーボードの上に置き忘れたのかも知れないと思った。
ふと、雅久はパソコンを立ち上げてメールを確認してみようと思った。雅久のパソコンはWindows2000でかなり古いものだった。立ち上がりが遅くイライラすることもあったが、最近はそれにも慣れていた。5分後には操作待っててくれたからである。「そろそろ買い換えなくっちゃ」と呟いた。
いくつかのメールのなかにジョージ社長からのメールがあった。メールを開いてみた。そこには、雅久にJTM本社の社外取締役に就任してくれとの依頼のメールだった。年俸は15万ドルと記されていた。雅久は突然の依頼にも驚いたが、年俸の高さにも戸惑ってしまった。
またそこには、月に1回開かれるニューヨークでの役員会に出席することと、日本支社に周に1回程度出社することなどが条件として記されていた。請求出来る旅費その他の経費は年間5万ドルとなっていた。雅久は仕事らしい仕事に就いた経験がない、ジュージ社長はそのことも十分知っているはずである。それでもこのような依頼をしてきたということは同情だけではないのかも知れないと思った。
Christinaが「自分を信じなさい」と言った言葉を思い出した。しかし雅久は大丈夫だろうかとの不安はないわけではなかった。前回の助言を高く評価されていやしないかとも思った。猜疑心が頭を持ち上げるものの、Christinaが「自分を信じなさい」と言った言葉の説得力の方が強かった。
雅久は今日一日は考えるものの、明日には了解の返事をしようと思った。そして今まで不運続きだった人生に、今度は幸運が続いているようにも感じた。雅久は冷静さを保っていた。昔から「お前と普通のことでは驚かないよなー、そして普通でないことにも驚かない、俺はそっちの方が驚いてしまう」というのはあの寡黙な高木の言葉だった。
高校生の時と同じようにニヤリと笑った。そんな自分におかしくなって笑った。
