私は時々、上位の意識を感じることがあります。ではこの上位の意識とはどんなものなのでしょうか。多くの人は、天、神、仏・・・などと考えるのかもしれません。しかしそのようなものではありません。真理というようなものに近いのかも知れませんが、それとも違うように思います。

私がこの上位の意識を感じるようになったのは小学校の五年生になったばかりの時だったように思います。初めは漠然としたものでした。中学校、高校、大学と成長するに従ってその意識は確信的なものになっていったのです。

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大学生の時に、このことを友人に話した時、彼は「それは神の啓示というものだよ」と教えてくれたのですが、私にはそれがなかなか納得できませんでした。神の啓示という言葉の意味が分からなかったといった方が正しいのかも知れません。

私は初めての人に会っても、その人がどんな人なのかほとんど間違いなく当てることができます。占い師のように年齢や名前や運命などがわかるのではありません。簡単に言うと「どんな人か」ということです。良い人、良くない人、悪い人、分かりにくい人、好きにれそうな人、嫌いな人、いやな人・・・・

会っている最中に、話している最中に、だんだんと明確に自覚されるのです。最初それがどのような意味を持っているかが理解できませんでした。もちろん誰もがそんな能力を持っていると思っていたのです。でもそうではありませんでした。

シャーロックホームズみたいな感じというと、そうではありません。一種の勘のようなものなのかもしれません。裏付けや根拠のある話でもありません。でも正確に当てることができるようです。

10mや20m先にいる人の影響で気持ちが良くなったり、悪くなったりすることがあるのです。変な人や嫌な人の場合は無意識のうちに避けて通ってしまうことが多いのです。そんな人の近くにいると気持ちが悪くなってしまいます。しかしそんな自分には多少嫌気がさしていました。

この上位の意識は不思議な状況の時にやってきます。

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数年前のことですが、銀座でのミーティングが終わり日比谷線で六本木に向かうことになりました。携帯電話を操作しながらエスカレータでホームに降り六本木の方向を確認しました。携帯電話を終わろうとした時に不意に人にぶっつかってしまったのです。お互いに「すみません」ということばを発し電車に乗り込みました。開いている席に着いて少しの時間眠ることにしました。私は六本木の方向に行っているものと思っていたのです。

私は茅場町でホームの案内板は確認したものの、おかしいと考えなかったのです。しかし次の人形町に到着した時におかしいことに気付きました。一瞬は戸惑ったものの、電車から降りようとしないのです。

次の小伝馬町でやっと降りる決心をしたのです。しかし自分では納得していません。銀座では確かに六本木の方向の電車に乗ったと思っていたからです。しかしよくよく思い出してみると電車に乗るほんの一瞬誰かにぶっかって体が回転したことを思い出しました。

違う方向の電車に向かうには、180度の回転が必要です。少し向きが変わっていると90度の回転でも別方向の電車に乗ってしまうことは可能性としてあることになります。いったん思いこんでしまった行動は、なかなか修正できないのです。

小伝馬町で反対側のホームから再び六本木の方向の電車に乗りました。私はすぐに寝てしまいました。しばらくしてから「失敗から学びなさい」というような声が脳の中で聞こえるのです。私は何度も聞き耳を澄ましてその言葉を聞こうとしました。それでもなかなか聞き取れません。しかし意識の世界ではハッキリと「失敗から学びなさい」と意識されるのです。

私は銀座で再び目を覚ましました。しかし私はここでも間違ってしまったのです。私はいまだに銀座にいることに気づき、同時に到着した反対側の電車にあわてて乗り込んでしまったのです。電車が動き出してしばらく間違ったことを気付きませんでした。東銀座のアナウンスを聞いて再び間違ってしまったことに気付いたのです。

私は諦めてそのまま人形町に帰ることにしましたのです。この間30分程度の時間を無駄に費やしてしまったのです。約束の時間に間に合わなかったからです。しかし私はなぜか怒る気にはなりませんでした。自分の失敗にニヤニヤしてしまったのです。

会社に到着し、自分の部屋に入って椅子に座ってから目の前の机の上に携帯電話があることに気付きました。それに大事な書類まであるのです。つまりそれは打ち合わせに必要なものでした。「ついていない」と思ったものの、そのようには思えなかったのです。

私はすぐに相手の電話番号に電話しました。「現在その番号は使用されていないか、電源がはいっていません」と案内が流れるのです。私はもう一度電話番号を入力し直してかけました。同じ結果でした。

でも皆さん不思議なことに気づきませんでしたか。そうなんです。携帯電話は確かに持って出かけたはずなのです。でも私の一個しかない携帯電話は机の上にあったのです。では銀座で見ていた携帯電話は何だんたんでしょうか。これは謎でわたしにもわかりませんでした。

後でわかったのですが、その相手先は取込詐欺の集団だったのです。いろいろな会社に電話をかけ、大量に品物を発注し、品物を受け取ってからドロンする悪質な詐欺集団だったのです。私は電車の件で六本木に行けず、被害はありませんでしたが、友人の会社は8000万円の損失となっていたのです。

友人の会社はハードを取り扱っていたことから、大量のハードをメーカーから購入し、この取引で2000万円の利益を上げる予定だったのが、結果的には8000万円の損失となってしまったのです。警察に届けても解決には至りませんでした。まるまる損をしてしまったのです。

この事件で私は上位の意識をより自覚するようになりました。もちろん私の場合そのような詐欺に引っ掛かったとは限らないにしてもその可能性はあったと考えるべきでしょう。信頼できる人からの紹介だったからです。

ここ数年この上位の意識を感じることはなかったのですが、去年の10月ごろから何かを感じるのです。しかしどのようなものなのかがさっぱり分かりません。2012年の11月17日(土曜日のよう)に幼い男の子と話しているのですが、話の内容もわかりません。

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このように不可解な意識は初めてです。それがどんな意味をもっているのかも分かりません。その幼い男の子は何のために私の意識の中に登場してくるのかも分かりません。

とはいっても過去にもこのように訳のわからないような意識もなくはなかったのです。私は上位の意識の気まぐれではないかと考えているのです。このようにあやふやな意識でもブログには気軽に書けるところが好きです。しかし賢明な読者には迷惑な話かもしれません。見なかった、読まなかったことにしてくれと頼んでもおかしな話です(笑)

最近、とりとめもない話が多いですね(笑)
なんとなく気が緩んでいるのかもしれません。