脳科学の発達は、脳における私の部分を少なくさせているように感じます。

昔の人は100%自分を自分が支配していると思っていたようです。しかしよく調べてみると、自分の領域は段々狭くなり、7割程度、いや3割程度、いやいや1割程度と段々と少なくなって、とうとう3%程度、いや2%程度まで来ているのです。

とすると97%は何だろうかということになります。人が作っているロボットでさえも、自立できる部分は少ない。自立させようとする領域(装置)は膨大になるものの、現実には自立出来る割合は多くないのです。しかしこれが現実です。

脳だけが唯一の制御機関ではないことが分かってきています。各部位や組織の細胞においても制御に似た動きがみられるからです。生物に見られる反射はその例であり、人にも多くの反射が見られます。私達がよく知っている膝蓋反射だけではないのです。

反射はその機能から、体性反射と内臓反射があります。内臓反射は自律神経反射とも呼ばれ、私達の意思と関係なく反射機能として動いています。内蔵などの場合、胃や腸に食べものがある場合、反射的に動いてしまうというものです。

筋肉などの場合、標準的な状態があり、外部や自分の意思によって動かされるような場合、その状態から離れてもしばらくすると元の標準的な状態になってしまうというものです。そしてみなさんが思っている以上に反射は多いのです。

私達はいつのころからか自分を意識し、自我というものが育ってきます。でもそれを自分と思ってしまいがちですが、そうでもないのですね。勿論全てのものが含まれるのですが、自分として意識することは難しいものです。

自分を意識するのは、他との違いということが一番先ということになります。人は基本的に個性化の方向性を持っています。これに対して魚は集団化の傾向を持っていることになります。集団化の傾向と自が他と同じであるということが重要なファクターとなります。

人は個性化の方向性を持ちながらも、共感という意識も存在します。ミラーニューロンの存在が明かされたように人は個性化と潜在的な意識の共有というバランスのとれた発達をしているのです。これが人たる所以でもあるのです。
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意識の延長線上にあるものを考えたり、想定したりするにしても、意識外にそれを構築出来ることは実はすごいことなのです。AI(人工知能)にしてもその延長線の外は意識内の限られてしまうのです。つまり想定された意識の中でしか展開できないのです。

人の場合、その意識をはるかに超えて意識を延長することができます。もちろん誰しもがそうだとは限りませんが、私達の想像を超えた世界を展開出来る人もいるのです。そのような人達が新発見や新発明をしています。しかしその様な能力は誰もが持っていると云われているのです。その能力に気づいていなだけのようです。

交流のあった色々な人との会話で同じようなことを言われたことがあります。
「問題の解決はその場だけでなく、その他の関係ないところに存在することがある」というものです。これは経験や体験だけでなく、先輩からの伝言でもあるようです。

人には全くの偶然とか奇蹟的な体験とかがあります。私の息子の場合も不思議な体験がありました。
夏のある日、小学生の息子が防水時計を持って帰りました。この時計は去年の夏に内海の海浜で無くしたものでした。息子はそれを知っていて、なぜか見覚えのある時計が浅い水中に見えたと言います。手にしてみると去年無くした時計だったのです。
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内海の海浜とはいつてもかなり広い砂浜です。雨や風に台風だってある訳ですから、見つかるということが奇蹟に近いのです。もっと不思議なことにその少し前に私はいろいろなところで時計を拾う夢を何度も見ていたのです。

あるところを歩いていると地面に時計が転がっているのです。それを拾うと、すぐ近くにまた別の時計が見つかります。私は3,4個拾いました。それ以上拾うと何か悪いような気がしたのです。このような夢が2,3ヶ月も見ていたのです。

その直後に息子が去年無くした時計を拾ってきたのです。私達は唖然としてものの、息子が嘘をついて一年後にそのような演出をするとは全く考えられなかったのです。もちろんそんなことはありません。奇蹟的にその防水時計はチャント動いていて見つかったのです。

私の脳ではこれらの時計はどのような意味をもっているのでしょうか。単なる偶然なのでしょうか。この事件の二年後には私達家族は東京に出てきたのです。国家公務員から民間に転職する「時」という意味があったのかなとも思いました。

私はあのことは夢ではなかったのかと思い家族に尋ねてみました。みんなハッキリと覚えていました。「あー、あの時計ね。奇蹟だよね、一年後に見つかるなんて・・・・それにチャント動いていたし・・・」

人はこのような奇蹟に遭遇すると何となく不思議な気持になるのですが、私はこれは良いことだと思うことにしました。東京に転出する不安を取り除いてくれたと思っています。このような経験がなければ東京に来るようなことはなかったのかもしれないと思っています。

東京に来てまず感じたことは、田舎よりも幅広い人材が存在することでした。良い人も悪い人もより良い人により悪い人がいたのです。そしてもっと喜怒哀楽の激しい人が存在することも不思議でした。

大阪に出張した時、道頓堀近くの食堂で恵比寿さんみたいなおじさんに出会いました。そのおじさんが「人は笑った方が勝ちなんだよ、だから良いことがあったら笑いなさい、そして喜びなさい。そして感謝しなさい。そしたら神様が喜んでもっと良いことをあなたにしてくれる」と言うのです。
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このおじさんに会った時、本当に恵比寿さんと思ってしまいました。ほんとうにそんな顔をしていたのです。初対面の私を捕まえて言うのですから、私は少し面食らってしまいました。それから仕事に向かいました。仕事が予定より長くなってとうとう帰りの新幹線に乗り遅れて、結局予約のない高いホテルの泊まることになってしまいました。

私は何故か「運が悪い」と思わなかったのです。2万7千円のホテル代を払ってお昼頃の新幹線で帰りました。夕刻ある人が仕事の話を持ってきました。午前中にお断りの話をする予定だったのが、私が出社していなかったので、明日にもと思ったらしいのですが、何を思い立ったのか、3年間1億7千万円の商談を持って現れたのです。

私がいつものように出社してたら、この商談はなかったことになっていたのですが、私が大阪に泊まったことによって東京に帰るのが遅くなって、相手の方が友人に相談することになり、その結果、私と提携することになったのでした。

あの恵比寿さんはもしかしたら本当の恵比寿さんだっのかもと思ったりもしました。このプロジェクトは私の仕事では大事なものだったのです。そしてあの恵比寿さんの云うように喜ぶことにしました。社員達にもご馳走したのです。

「良いことがあったら喜ぶ」ということを学んだのです。ということは「悪いことがあってもめげない」という裏返しもあるのです。 その後の多くの経験で、多くの人が良いことがあった時に喜べてないことが分りました。うつや自傷行為なとで苦しんでいる人達の多くが本当に良いことがあっても喜べてないのです。次に良くないことがやってくるかも知れないと思ってしまっていたのです。

このようなことをさせているのは誰なんだろうと考えました。脳科学を勉強して分ったことはその原因が脳にあることでした。そしてその本人の考え方にも大きな影響があることが分かったのです。これは私にとってあまりにも大きな発見であり、大きな衝撃でした。

相談を受けた多くの人にあの恵比寿さんの話しをしました。この話を聞いた皆さんは本当にキョトンとした感じで聞いていました。「今までそんな考えをしたことがない」というのです。「だったら、今日からそのようにしましょう」と言いました。

次から相談に来た人たちの顔が少しずつ良くなっていることが分りました。ほとんどの人が家族にその話を伝えたそうです。そしたら家族がそんなことで幸せになれるんだったらと思ったようです。

不思議なくらいに、相談に来た人達が良くなってきたのです。相談に来なくなった人も居ました。一年後、自分の状況を書いた手紙やはがきが来るようになりました。みんな文字だけでなく、絵も添えてあるのです。

実は、今もこのことを相談に来た人に伝えています。そして最初みんな苦笑いします。それでも何ヶ月かするとニコニコした顔になっているのです。不思議なくらいに穏やかになっているのです。私はこんなことだけで本当に良くなるのだろうかと思ったほどです。

恵比寿さんの言ったあの言葉は、脳から自分の制御を取り戻す「おまじない」であったかもしれません。脳科学では感情を貯めないということばもあります。喜ぶべき時に喜ばないと脳はチャント機能しなくなるのです。悲しい時には泣く、怒るべき時には怒る、うれしい時には喜ぶ、失敗した時にはしょげる、チョットだけ楽しい時にも喜ぶ、・・・ それでいいのです(笑)