既に読者の皆様は薄々分かってきていると思いますが、インフルエンスは偶然とは必然とかいう世界とは別個の世界なんです。しかし見た目には偶然に思えるかも知れませんが、よくよく調べて見と必然性が見えてきたりします。でも、その必然性もいろいろと考えてみると不可解な部分もあるのです。

影響との違いは、「影響」が単独に関係を見るのに対して、「インフルエンス」は連続的、伝搬的、増幅的、連関性、順序性に注目しています。コンビナトリアルな(順序的時系列的)な因果関係も注目されるのです。

恥ずかしいことですが、私自身にもおかしな話があります。電車の中で吊革に掴まっている時の話です。稀ではあるのですが、これまでに5,6回も女の人から手や腕のところを掴まれたことがあるのです。もちろん電車が揺れた時などにですが、知人にその話をするとほとんどが全くない、そんなことは皆無と言われてしまいます。



自分でも1,2回程度なら偶然と思えるのですが、少し多すぎます。掴まり易い手や腕というものがあるのでしょうか。私の手は普通でどちらかというとほっそりしています。年齢的にもおじさんですから、人畜無害ということもあるのかななんて考えたこともあるのですが、ハッキリしません。

そして、ある日の電車の中で、とうとう男の人から吊革にぶら下がっている手の腕のところを掴まれました。もちろんこの時は電車が急ブレーキをかけたせいでした。私は踏ん張って倒れませんでしたが、近くの人はみんな倒れてしまいました。その男の人は若い人で、背の高さは私より少し低いようでした。

「すみません」とその男性が言ったことから、顔を覚えられない私が、その日はチャント覚えていました。


同日の夜遅くの帰りの電車で、その若者が対面する反対側の席に酔っ払って座っていたのです。手にバックは持っているものの、今にも何か中身が出てしまいそうな状況でした。泥酔状態だったようです。

電車がゴトンと大きく揺れた時に、その若者はとうとう鞄を床に落としてしまいました。その若者はあわてることもなく、ゆっくりとかばんを元通りにしてまた眠ってしまいましたが、私のところに何かが飛んで来たように感じました。私は、すぐに席の下の方の床を見るとそのUSBのメモリーが転がっていました。

すぐに、それを拾い上げ、その若者に渡しました。「おっ、大事なものを」と言ってすぐに受取り、ポケットの中に入れました。それから「すみません」という聞き覚えのあるゆっくりとした声が聞こえてきたのです。朝の電車で腕をつかまれたその青年でした。

でも、ここで少し考えたのです。何かが飛んで来たような気はしたのですが、知らない青年なら無視したかもしれません。朝に遭遇したことがあったので、その青年に気づいたことからUSBメモリーを失わずに済んでかもしれません。当時のUSBメモリーのプロテクションはついていませんでした。もしかしたら、大事な書類や図面だったかもしれないのです。

こうなるとインフルエンスか偶然かも分からなくなります。もしかしたら、スーパーバイザー的な存在による必然的な遭遇ということも考えられます。この青年は運は良かったのでしようか、それとも悪かったのでしょうか、誰も知る余地がありません。

あなたの効き手が左手だったら、この世界は少し違ったものになっていたかもしれません。単にそれだけの違いでも、世の中は変わっていくのです。私たちの住んでいる世界は非可逆性の世界なんです。



つまりひとつひとつの動きや動作だけでなく、頭の中で考えたことによるインフルエンスも計り知れないものになる可能性が高いのです。頭の中の思考は今では量子力学的な作用として捉えられています。物質の極限的な素粒子を含む量子力学の世界にまでインフルエンスは関係があるのです。

そして次回は、ミラーニューロンの世界を案内します。ちょっと怖い話です 叫び