2026/01/24




バルガが「勇者の塔」の最上階を覆う、

欺瞞のベールを切り裂いた。

窓を突き破り、堂々と降り立った広間。

そこには、赤々と燃える戦場とは対照的な、

静謐で、どこか不自然に清潔な空間が

広がっていた。


「……ようやく来たか。自分の物語から逃げ出した、臆病な筆者よ」


広間の奥、大量の白い紙が舞い散る中に、

一人の男が立っていた。


その顔を見て、志乃は息を呑む。

そこにいたのは、現実世界で志乃に

「無理はするな」「普通が一番だ」

と無難な言葉をかけ続けていた、

あの課長と同じ顔をした男だった。


「課長……? いいえ、

あなたは私の『妥協』の化身」


「ふん、勝手なことを。

お前がこの物語を『救いがない』と

投げ出したから、私が代わりにこの世界を

凍りつかせ、平穏(グレー)を与えてやったのだ。これ以上、誰も傷つかず、誰も死なない。

完璧な結末だと思わないか?」


男が手をかざすと、

志乃の手元にある「黒いボール」が、

再び彼女を現実へ引き戻そうとする重圧に変わる。


「……いいえ、それは幸せじゃない。

ただの逃避よ」


志乃は震える手で、

ポケットから一本の愛用のペンを取り出した。

それは魔法の杖でも武器でもない、彼女が現実でずっと握りしめてきた、

インクの擦れた安物のペンだ。


「私は、あなたにこの物語を終わらせる権利なんてあげない。血が流れても、バルガが吠えても、

私はこの絶望の続きを書き抜いてみせる。

救いがないなら……私が、私の言葉で、

救いを作り出すの!」


志乃がペンを強く握ると、

そこから真っ赤なインクが溢れ出し、

虚空に新たな一行を刻み込んだ。

バルガがそれに応えるように咆哮し、

勇者の塔を揺らす。


「バルガ、お願い。この『停滞』を噛み砕いて!」


バルガが紅蓮の突風となり、

偽りの平穏を象徴する男へと肉薄した。


つづく