「嫌われたくない」
そうそう。
思春期を過ぎてから3年程前までは
人から嫌われることに過剰に敏感だった。
人の目線が気になる。
自分の言動に自信が持てない。
どう思われてるのか気になる。
人の言うことを全部肯定する。
自動笑顔の八方美人。
嫌われたら
ひとりぼっちになったら
そんなの嫌だ。
もっと辛いのが
周りは誰かと一緒にいて
楽しい会話と笑い声が響く中
同じ場所にいるのに
なのに私だけ誰も寄ってこない。
ひとりぼっち。
そんなの耐えられない。
心の底から
嫌われたら
いつもの場所に行けない。
もう生きて行けない。怖い。
そうびくびくしながら
でもそれを見たくないから
なかったものにして
まるで記憶喪失者のように
脳が上手く働いてくれて
この場合、普通と表現したらいいのか
普通で平気で毎日が楽しいな。
それを当たり前と思ってるから
感情も飼い慣らされてしまって
楽しい、嬉しい、ハッピー
悲しい、淋しい、アングリー
両極にある感情に
リアクションが非常に薄くなってた。
心の底から思えない。
毎日、楽しいわ。
悲しい?何それ?
それよりも
自分の感情に向き合うなんて知らないし
これが楽しいことで普通。
何にも考えてなかった。
それを強制的に
覆さなければならなくなった
試練の出来事が起こったのが2012年頃。
詳しいことは忘れちゃったけど (笑)
2012年って大事な年だったみたい。


もう辛いことの連続で
期間にしたら3年ぐらい続いた。
人って
辛い出来事が続くと
心がボキボキに折れてしまう代わりに
否応なしに
周りなんかよりも自分を
一番大切にするようになる。
心が折れて
起き上がれなくなって
引きこもってしまうのも
それは自分を大切にしてる行動。
以前の自分と、他人と比べるから
自分のことダメな奴って責めるけど
引きこもるって
めっちゃ勇気ある行動なんだ。
私は勇気がなかったから
引きこもることはなかったけど
(単なるメンタルが強いのかも・・
)
)すご~く勇気あると思う。
だってその行動は
自分を一番大切にしてるでしょ。
そこまで追い込まれたなら
周りのことなんてどーでもよくなった。
私を悲しませる奴は徹底的に許さない。
闘ったなぁ。自分、守ったよなぁ。
一気に考え方が変わった。
それ以来
人から嫌われても怖くなくなった。
別に私の居場所は
今いる場所だけじゃない。
ここがダメなら
行く場所なんていっぱいあるやん。
だから
「嫌われてもいい」
「嫌われても大丈夫」
・・って考え方になった。
「嫌われてもいい」は
何もひとりぼっちになれって
窮極なことを言ってるのではなく
「嫌われてもいい」は
何も人と闘えって言ってるのではなく
「嫌われてもいい」は
何も精神的に逞しくなれって言ってるのではなく
「嫌われてもいい」は
私が私のやりたいことを
人目を気にせずに行動できる思考法。
何かのために
私を一番に大切にする思考法。
陥りやすいのが
「嫌われてもいい」って思い込むことで
本当に人から嫌われた時に
「別に。嫌われてもいいから」
・・・・って
本当の悲しい気持ちに
蓋をしてしまうこと。
人から嫌われて平気な人っていないよ。
人は人から好かれたい。
それは本能。変えようがない。
だって何で触覚ってあると思う?
人と触れ合いたいから
触覚はあるんだよ。
だから人から嫌われたら
もちろん悲しいし、悔しいし、腹立つし
そう感じる自分は大切にしなきゃ。
そこは負けてはいけないって思う。
だけどそれでも
「嫌われてもいい」
矛盾するから
頭の中が「???」って
クエスチョンだらけになるけど(笑)
自分の本音
魂の声を聞けばちゃんと
ナビゲーションしてくれる
「嫌われてもいい」は実は
「嫌われたくない」と同じ意味
めっちゃ深~いよ 



ルンルン♪
