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池での一件のあと、○○は茶屋にいた。
身体は疲れていたが、気持ちは晴れ晴れとしていた。
現代への情報を集めることはできなかったが、それでも心のうちが満たされている。
もうすぐ義朝と約束した刻限。
待ち合わせをした場所から近い茶屋で甘味と茶をいただいていた。
外に面した横長の椅子に腰かけ、茶を飲んでいると、隣に座っていた女性が声をかけてきた。

???「お前は強いな」

突然の言葉にすぐに返答はできなかった。
この時代に知り合いの女性がいないため、まさか自分へ語りかけられたと思わなかったからだ。

○○「・・・えっ?」

慌てて隣を見ると、その女性は○○を見つめている。
青い髪飾りをつけ、おさげをした綺麗な顔立ちの女性だった。

???「先ほど、子どもを助けてやっただろう?見ていたぞ」
○○「あ、あれを・・・」
???「女の身で、なかなか出来ることではない。男が来るまで待っていたら、あの子どもも手遅れになっていたかもしれんな」

先ほどの救出劇を見ていたのだろう。

???「私は巳船だ」
○○「私は、・・・○○です」
巳船「○○」

お互いの名前を言い合い、そしてお互いにフッと笑った。
○○からすると、この時代に飛ばされてから初めて同年代の女性とこうやって笑顔で話していた。

○○「あの時はとっさに身体が動いて」
巳船「お前のお陰で子どもも母親も救われたな」

褒められて、○○は頬を染めた。


***

巳船「ここの甘味は美味くてな。ただ、少々量が多い」
○○「そうですね」

巳船「近頃朝晩は冷え込むな。そろそろ火鉢でも出すか」
○○「秋から冬って早いですよね。とても良い季節なんですけれど」
巳船「私は寒いのは好まない。外に出たくなくなる」
○○「分かります。どうしても出無精になるんですよね」

他愛もない会話
決して実のある話ではない、初対面の者同士のうわべの会話
けれども○○の心は弾んだ。

自分のことを知らない人と会話ができる幸せ。
高松殿では味わえない幸せ―――

しかし

巳船「お前は、後白河天皇の女房か何かか」
○○「え!?」

突然の物言いに、○○は絶句した。

○○「いいえ!?違いますっ」

真顔できっぱりと言う○○に、その迫力に驚いた顔をした巳船が言った。

巳船「なんだ、そうなのか。私はてっきり」
○○「どうしてですか?」

初対面にも関わらず、そのようなことを言われて○○は驚きを隠せなかった。
高松殿で後白河天皇の下にいるなど、話してはいなかった。

○○「(まさか、巳船さんも、私を監視をしている人のひとりなの?)」

嫌な予想がよぎる。
しかし

巳船「印だ」
○○「・・・印?」
巳船「背紋の箇所だ。本当に小さくだが、そこに印が縫われているぞ」

○○「え・・・?」
巳船「何だ、知らなかったのか」

○○からは見えないが、着物の背中心の箇所、家紋を入れるところ。
そこに本当に小さく何かが縫われている。
普段は髪が垂れているので見えない。
巳船は○○の髪をどかしてそれを見た。

巳船「後白河天皇の印と、これは・・・阿闍梨の印だな」
○○「阿闍梨って・・・」
巳船「阿闍梨とは、天皇に関わる儀式をする高僧を総称する言葉だ。この分だと・・・」

言いながら巳船は○○の着物の背の内側に指を滑らせた。
指で触って確かめてみると 内側には何かが縫い込まれているらしく、わずかに膨らんでいた。

巳船「やはりな。背紋の内側にも、縫われている」
○○「何がですか?」
巳船「大方、阿闍梨の記した経だろう。お前の身を守るようにと、書かせたのだろう。こんなことをできるのは天皇である後白河くらいだ」

祭りからの帰り、阿闍梨と呼ばれる僧が、後白河天皇に何かを渡していた・・・
その渡していたものこそ、○○の着物の内側に縫われているものだった。

巳船「着物の印を見れば分かる奴はお前に力を貸すだろう。着物の内側に経があるから物の怪にも守られるだろう。・・・お前は大した女だな」

まるで、女冥利に尽きるとばかりに巳船に言われた。

○○「私は、嬉しくはないです」
巳船「・・・・・・。」

○○は眉を寄せて下を俯いた。
○○がうなだれたところで、巳船は目を大きくあけて眉を寄せた。
そして

巳船「・・・まあ、それも思いが片方では仕方がないけれどな」

そう言いながら着物の内側から指を引き抜いた。

巳船「いくら高貴な者に好まれても、迷惑なこともある」
○○「巳船さん・・・」

歯に衣着せぬ物言いに、○○は驚いたが同時に笑ってしまった。

巳船「どうした」
○○「いえ、その、すごい言い方だなぁと思って」
巳船「そうか?」

天皇である後白河に対してそんな風に物言いをする巳船がいっそ清々しく見えた。
ふたりで顔を見合わせて笑っていると

義朝「○○。・・・と、巳船か」

義朝が帰って来た。

巳船「おや。源の棟梁か」

初対面ではなさそうな二人の様子に、○○は二人の顔を見比べて言った。

○○「お二人はお知り合いなのですか?」
巳船「私は香を作るものでな。練った香や、くべるものを献上することを生業として生計をたてている」

巳船の作る香は上等な出来が多く、それらは密やかに取引されているそうだった。
その多くは殿上人であり、後白河天皇の香である裛衣香(えびこう)も巳船が作っている。
そのため、巳船の存在は雅な者たちには知られていた。
もっとも姿を知っている者は少ないが。

巳船「さて、そろそろ寺に帰るとするか」
○○「巳船さんはお寺に住んでいるんですか?」
巳船「そうだ」

巳船は立ち上がり、○○を見てにこりと笑った。

巳船「私も同じ年頃の友ができて嬉しい。そのうち、寺に来るといい。高松殿からもそうは遠くないからな」
○○「あ、ありがとうございます」

巳船は笑みを浮かべながら ふところからひとつ、四角く小さな箱を取り出した。

巳船「練り香だ。火にくべなくても皮膚につければ香りがする」
○○「練り香」
巳船「私が作った。○○にやろう。またな」

○○が巳船から練り香を受け取ると、巳船は義朝に会釈をして歩いて行った。

義朝「俺たちも戻るぞ」
○○「はい」

義朝に言われて○○も立ち上がった。
歩き始めようとした際、義朝がちらりと残った甘味を見ていたが、○○はその視線に気づかなかった。


***

カポカポカポ

帰りも馬に揺られて帰っていた。
日は少しずつ傾いてきていた。
帰りの座り方も行きと同じように、前に○○が座り、後ろに義朝が座っている。
間もなく高松殿に着くだろう。
そんな折に

義朝「○○」
○○「はい?」
義朝「これをやろう」

義朝が背後から○○に小さな箱を手渡した。
ちょうど、巳船からもらった練り香の箱と同じくらいの大きさだった。

義朝「これでもつけておけ」
○○「これは?」
義朝「塗り薬だ」

何の、とは言わなかった。

蓋を開けて中を見てみると、真新しいようだった。
けれども○○は思い当たる。
今朝、湯殿で自分の身体をかきむしった際に血が出ることもあった。
それらの痕が、自分の首筋から見えてしまっているのだろう。
おそらく市の行きがけに馬に乗せてもらった際、○○が義朝の前に座って馬に揺られていたことから、首筋の痕が見えていた。

○○「・・・ありがとうございます」

○○は嬉しさとこみあげるものがあった。
けれども涙声にならないように必死で自分を律して、短い礼の言葉を述べた。

○○「(そういえば・・・)」

と、ふと○○は思った。

○○「(巳船さんと背紋の内側について話していたとき、急に巳船さんの様子が変わった・・・。あれは・・・)」

着物につけられた後白河天皇の印と阿闍梨の印。
そして経がこめられたものを縫いつけられている事から、巳船は○○に対して

「大した女だな」

と言っていた。
けれども、○○が俯くのを見るや否や すぐに態度を改めて、

「・・・まあ、それも思いが片方では仕方がないけれどな」

とも言っていた。

自分がうなだれて俯いた際に、かきむしった痕が見てとれたのだろう・・・。

それまでの○○の態度と痕を見れば、勘の良い女であれば、意思とは無関係に囲われている事が分かる。

○○「(寺に来てもいいと言ってくれたのも、練り香をくれたのも)」

○○を不憫に思ったからに違いない。
けれどもこれで○○は巳船と縁ができた。

「私も同じ年頃の友ができて嬉しい。そのうち、寺に来るといい。高松殿からもそうは遠くないからな」
「またな」

この時代において、話しのできる同年代の女性を得られたことは○○にとって心のよりどころとなった。
義朝に寺への道筋を聞いて、行けるときには巳船のところに行こう。
そう、○○は思った。

片方のたもとには、巳船からもらった練り香が。
もう片方のたもとには、今義朝からもらった塗り薬が。
物が入った分だけ たもとは沈むが、それでもその重さが○○にとっては嬉しい気持ちの証となっていた。



***




長いから分割でUPしました~

拾肆と拾伍で安穏の時間を過ごしたヒロイン・・・
巳船さんと義朝さんに感謝感謝だね!!

巳船さんの生業事情はもちろん創作です。
義朝さんにいたっては、甘味食べたかったろうねぇ。ごめんね・・・。

また次回から大変だと思うけど・・・頑張ってほしいものです。

ヒロインちゃん、ファイツ!!