戦争ネタでblogを書こうと思ったのですが、気分が憂鬱になってやめてしまったAKIKOです。

 

頭の中であれこれ考えを巡らすのは大丈夫なのですが、これを文字という形に落とし込もうとすると、やはりそれなりのエネルギーを使うものですね。

 

さてさてタイトルの「メシの切れ目が縁の切れ目?!」。

 

かなり以前にスピリチュアル能力がある方のblogを読んでいたのですが、ふと気になった箇所がありました。

 

その方、スピリチュアル能力が高すぎて、自然ベジタリアンになったそうです。まぁそこまでは自然な流れというか、そうなるだろうなという感じ。気になったのはその後です。

 

その方がお友達と食事しようとしたところ、友人たちにベジタリアン対応してもらえなかったため、、何も食べられなかったとの事でした。

 

ここまでその方のblogを読んで、思わず考え込んでしまいましたよ。

 

AKIKOもスピリチュアルはやっていますが、まったくベジタリアンではありません。家では野菜多めですが、肉も魚も食べます。外でご飯を食べるなら、家で食べられないものを食べたいですし、肉も魚もバッチコイウェルカムです。羊じゃあるまいし、野菜だけなんてヤダよーもぐもぐ

 

その方は自分に配慮してもらえなかったことを嘆いていらっしゃいましたが、友人の立場からすると、彼女と会うたびにベジタリアンメニューを食べなければいけない訳で。もしAKIKOがその友人の立場なら、早晩不満がつのりそうですね。

 

こちらの配慮を当たり前に思われても腹が立つし、食べたくもないものにお金を払うのも面白くない。自分の行きたいレストランに行っても相手が食べられるものがなければ、それはそれで気づまりする。

 

仲間意識の強さを意味する「同じ釜の飯を食う」という慣用句がありますが、同じものを共に食べる人に対しての思い入れの深さは、そうでない人とは明らかに違いますよね。

 

結局のところ、同じものを食べられなくなった時点で、お互いの関係性が終わっているのでしょうね。

 

そういえば。離婚した知り合いが話してくれたのですが、離婚に至る原因理由は様々あったそうですが「ご飯を一緒に食べられなくなった」のが最後の一押しだったそうです。

 

ご飯を共に美味しく食べられるかで、関係性のバロメーターは測れるものなのかもしれません。