Daft Punkを聴きながら。
グラミー賞取ったね。昨年はこれでもかってくらいラジオ局でかかっていたからなぁ。
まったく知らなかったけれど、フランスの方々で、しかもデビューは1994年とキャリアが長かった!
少し古臭いこのメロディーが、全世代受けしたのかな。
古臭いメロディーと言えば、The KnocksのModern Heartsも懐かしい感じで良かった。
何か受賞したのかなぁ??
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日テレのドラマが話題になっている。第1話から毎週観ている。
確かに注目したくないし、注目されたくない部分を描いていると思う。
たぶん自分に子どもがいなかったら、観ていなかったドラマ。
そして自分に子どもがいなかったら、まったく感想が違っていたであろうドラマ。
内容が内容だけに、フィクションですよというメッセージが、ドラマの設定でいたるところに行われていると思うし、配慮もすごくされているように思う。
子どもが保護されている施設は洋画に出てきそうな建物。
施設長はその建物にイメージぴったり。
そして施設内も私もそこに住みたいと思ってしまうような、暗いけれど、実はおしゃれだったりする。
保護されている子どもの服装だって、すごくかわいくておしゃれなものばかり。
これだけでもフィクションと十分伝わると思うのだけど。
この見方も偏見と言われてしまうのかな。
重いテーマなのに、どこか笑ってしまう演出もたくさんあって、子どもたちが妙に自分たちの置かれている状況やこの先の夢を超現実的に望んでいたり、観ているこちらの気を楽にしてくれるエピソードも多い。
それでも第1話はとても重かった。
母親が恋人を殴って警察沙汰に。娘は養護施設(グループホーム)に預けられる。
娘本人は一時的に預かってもらっているだけと思っているが、結局母親は恋人を選び、娘を捨てる。
こういう事例を見るたびに「母親のくせに、なぜこんなことができるのか」と思うけれど、子どもができて年齢を重ねるたびに、「その人の状況に置かれてみないと誰にもわからない」という考えに落ち着くようになった。
人には乗り越えられるもののハードルがそれぞれ違う高さで存在し、ある人には低いハードルに思えても、別の人にはどうしても乗り越えられない壁のように思えるのだ。
誰もが同じ状況にいないのだから、当然と言えば当然なのだけれど、それがわかるようになったのは本当に最近のことだ。
しかし大人の事情は子どもには関係ない。この世に生まれて、家族と一緒にいられる(少なくとも18歳になるまでは)ことが、子どもには当たり前のことであるはずだ。
今まではお母さんと二人で暮らしてきた。いつもお母さんがいてくれた。
仕事で家にいなくても、帰ってきてくれた。ご飯を一緒に食べて、お風呂に入って、お布団で寝て。
でも、いきなり明日から違う。突然に明日朝起きたら自分は一人。
そして初めから、そんな家族が存在しない子どももいる。
このドラマは表現が強烈なのは、確かだと思う。
でも、パチンコのために子どもを殺したり、泣き止まないからと言ってエアガンで撃って殺したり、子どもを殺しまくる親がいるような現実で、このドラマを批判しているほどわれわれに余裕があるのかと思う。
子どもは庇護されるべき存在である。
このドラマから思うことはそれだけ。
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このドラマのタイトルを見たとき、私は東日本大震災を思い出した。
あの時家族を失った人々のことをまざまざと思い出した。
震災にあって、それだけでも大打撃なのに、自分以外の家族全員を失った人々のことを思った。
本当に辛い。
せめて天変地異が無い限りは、どの家族も子どもたちも一緒にいられたら良いのにと願わずにいられない。