行きたい学校があったわけじゃなく
親の期待に応えたかっただけの受験だった。
でも、自分の意思とは無関係の受験は無謀だった。だって、受験は戦争だ。
半端では太刀打ちできない。
恐らく、母親も分かっていただろうと思う。
塾に通い、遅くまで何時間も勉強し、
ストレスで吐いたりしている我が子に
『受験を辞めてもいいのよ』と母親は言った。
その目には落胆と、まだ期待している気持ちが残ってるのが私には分かってしまった。
だから『自分が受けたいから受けるんだよ、頑張る!』と
本音を言えず、受験を辞めることが出来なかった。
そして、志望校は自分には不得意な問題傾向を出す親の希望校で受験しました。
馬鹿な親に馬鹿な子どもで
思い出しても吐き気がしますが。。。
そして結果は、もちろん不合格。
母親は、荒れている私を腫れ物を触るように扱った。
父親は知らん顔。
落ち込んでいたのではなく、塞ぎ込んでいた。
合格すれば、母親からも、友達からも
何もかも逃げられる気がしていたのに。
逃げ場がなくなって途方に暮れていた。
自分や親やこの世界に怒ってた。
偶然家に来た近所のおばさんが
母親から事情を聞いて話かけてきた。
『すごく頑張ったんだってね。 偉いね!
でもね頑張っても願いが叶わないのは、
そこに使命があるからなのよ。
貴方は、その学校に行くべき人なのよ。
そこで学ぶべき何か、為すべき事が必ずあるから。
とりあえず行ってごらんなさい。1ヶ月でも半年でもいい。
嫌なら辞めればいいんだから。
行けばオバちゃんの言ってる意味が分かるから。ね?』
使命?
初めて聞く言葉だった。
というより、初めて聞く価値観だった。
そういう考え方もあるのかと思った。
凝り固まった考えが溶け出して
色んな感情が押し寄せて涙になって出ていった。
ぜったい、ぜったい
この思い通りにならない人生の意味を探しに行ってやる。
馬鹿やろー!と小学生の私は思った。
使命とは難しくて今も分かりませんが、
その時に行くことになった公立の中学では
一生切ろうとしても切れない友人達(悪友?笑)と
今でも思い出話が尽きない、楽しすぎる毎日に恵まれました

願っても願っても思い通りにならないことは、
思い通り以上の良き事が起こる始まりなのだと
人生の教訓が1つ増えた若き日の私でした
