占いは誰にでもできます。
霊感がなくても、占いの方法を学べば、誰でも占えるようになるからです。
占いに限らず、どんなことにも言えますが、当てずっぽうにそれっぽい発言で誤魔化したり、はったりをかますこともできるでしょう。
いわゆるインチキになりますが、できなくはないことですね。
一方、霊感で何かが見えてしまう人なら、占いの道具も使わずに、過去や現状から未来を予測できるかもしれません。
また、霊的な感性を持つ人が占いを活用すれば、さらに深く読み解ける可能性もあるでしょう。
霊感占いはインチキで、しっかり学んだ知識を駆使して占うことが正統派だという風潮もあるように感じるこの頃ですが、実際には、そんなに明確に知的な占いと霊的な占いを分けることはできるのでしょうか。
その人の「知」と「霊」の強さの比率にもよると思いますが、個人的には両方を使っていました。
今でも取材で占う際には、両方使っています。
私の「知」と「霊」の使い分けは、とてもシンプル。
カードや星を使って占いますが、「これが気になる」というものを見つけたり、カードの正逆を決めるときなどに霊感を用います。
霊感といっても、霊が見えるとか、声が聞こえるとか、そういうものではなく、何だか気になるという感覚や、手をかざしてビリビリと感じたり、温度差が伝わってくる感覚を霊的に利用するイメージです。
読み解きでは「知」を使います。
これまで学んだこと、経験からわかったことを知的に駆使して読み解くのです。
というのが、私の使い分けになりますが、たまに不可思議現象に見舞われて、私は霊感占い師なのだろうかと思うこともありました。
カードの意味とはまったく異なる言葉が口から自然と出てくるのです。
自動書記ならぬ、自動トークのような。
これはどのようにスイッチが入るのか、本当に霊的な作用なのか、単に疲れておかしくなっているからなのかは謎です。
しかし、かなり当たってしまうモードでもあり、そこが薄気味悪い感じでした。
これは、どんなお仕事にもあることなのではと思います。
ずっとやり続けていると、自分を天才なのかと思ったり、神がかっていた感じがすると思うようなときがありませんか。
どうしてあんなことができたのかと、自分でも不思議に思ってしまうケースです。
占いは、過去や現状を言い当てたり、性格を見抜いたりしてしまうものなので、どうしても霊的な何かが関与しているように思われがちです。
そういう背景もあるので、すべてが霊的に感じられることもあるでしょう。
実際に、相手を前にすると、そこから感じたり察したりする力も磨かれていくと思います。
お医者さんが患者さんを見て感じることや、ヘアメイクさんが、似合うスタイリングを一瞬で見抜くことにも似ているのではないでしょうか。
ということで、知識を豊かにするために学ぶのはもちろんですが、それだけでは得られない実践からの学びやセンスを磨いて、霊的な感性を養うことも大事であると思います。