誰しも間違いを起こし、誤ってしまうことがあります。
そんなとき、申し訳ないと思いながらも……
誰にも見つからないといいな。
見つかる前に謝っておこうかな。
問題視されて、人から責められないといいな。
などと、不安になるでしょう。
それでもなぜか、他者の誤りを見つけると、大声で正そうとしてしまう。
SNSは炎上し、その問題以外のところまで被害が飛び火して、誹謗中傷を浴びることになったりもしていくでしょう。
冷静に考えてみるとひどい話です。
性格が悪いとしか言えない。
自分も間違うし、「それは誤りだよ」と、こっそり教えてくれたらいいのにと思いますよね。
また、正しいかどうかは、すべてが明確であるとは限りません。
たとえば宗教なら、絶対神のオンリーワンの神様しかない場合と、八百万の神のように、すべてに宿る神々が存在する場合がありますよね。
どちらが正しいかは、どこに軸足を置くかで変わってしまいます。
正しいかどうかは、それが真実であるかどうかとも別の話です。
自分が思う正しさがあるのは当然でも、それを人に押し付けるようになると、もう、エゴにしかならない。
誤りを指摘するときは相応の覚悟と配慮が必要で、それを徹底しないと成立しない多様化社会でもあるのです。