母の日…毎年のことなので違ったものをと、何を贈ろうか迷います。 昨年は紫のカーネーションの鉢でした。 今年は イメージにぴったりのものがありました。メロディを奏でるオブジェに薔薇のプリザーブドフラワーが飾られているもの。とても喜んでくれました。
ですがやはり 一輪でもカーネーションを添えたい気持ちになります。
母の日=カーネーション このイメージは根強いです。
このころが近づくと 少し変な気持ちになります。
曖昧なモヤモヤ感。
私には赤ちゃんの頃の写真はありません。
産みの母の顔も、どんな人なのかも知りません。
子供というものは、たとえどんな母親
でも、恋しく慕うものなのかもしれません。
一生のうちにいつか会える日があるかもしれない。なんて、淡い期待も持ち続けながらきましたが、数年前亡くなっていたことを知らされました。
教えてくれたのは、父でも親戚でもなく、たまたま用事で行った役所のかたでした。
私の生い立ちなど、誰も話してはくれません。
後に所用で、戸籍を見る機会があったのですが、その複雑さに少し吐き気がしました。
育ての母は、犠牲心が強く、とても思いやりの深い人。なのに、ときに辛辣な言葉を言うことがあり、理解に苦しむ。
何かするとママハハだからとまわりに言われるだろうと思い、いつもあなたには気を使った。
とよく言われた。
私だったら…自分の子として育てると決めたなら、悪いときには心から叱り、可愛ければ思いっきり抱きしめる。
私は、そのどちらもしてもらえなかった。
去年、
「あなたは本当は堕胎する予定だったんだよ」
と、いきなり言われた。
それまで普通のお喋りしていたのに。
あなたは恵まれているんだよ という意味だったのだろうけど。
驚かなかったのは、心のどこか奥底で予感していたからかもしれない。だけど、いつまでも耳について離れない言葉だ。
いらない子でも ここまで生きてきてしまいました。
生まれてこなきゃ良かったって思う日も何度もあったけど。
これまで何度か 死んでいたかもしれない状況、事故、病気、災害…
でも 神様は私を死なせてはくれませんでした。
もっと生きたかった人の代わりになりたかったといつも思います。
私の役割の意味をときに考えながら、日々目の前のことをこなしていく。
トラウマだった昔の記憶は薄れつつある。
父も母も歳をとった。
私が子供の頃、飲めない酒を飲んでは、ガラス窓を割り、割れた瓶を振りかざしていた父は、今はただの気のいいお爺さんになった。
殴られて血を流し、いつでも逃げれるようにと庭に鞄を隠していた母。
母は、お婆さんと呼ばれる歳かもしれないが、年寄りっぽくないし、お洒落だし、美人だし、昔からちょっと自慢だった。
絶対前に出るようなタイプではないが、見栄っ張りと、意思の強さ弱さが同居している人。
最近はご無沙汰しているが、ドライブしたり、食事したり、調子が合えば お喋りが尽きないことも。
いい意味で、友達みたいな関係だよね って言ったら、不機嫌になったことがあった。
母親 ということへのどんな こだわり?わだかまり?を持っているのか。
まぁ いいです。
彼女も 複雑なのだろうと、思ってあげられるくらいの大人に私もなりました。
…
本当のことを知りたいって強く思った時期もあったけど
知らなくてもいいこともある
優しい嘘があるように
本当のことなんて
意味のないことかもしれない
ただ
今を
素直に 歩んでいくだけ。 です。
