朝8時15分、某局の連続テレビ小説を観た後、手元にあるiPhoneのアプリを起動します。必ず目を通すのはNYTimes と BBCNews. フムフムと気になった記事をいくつかチェックしてから家事に取りかかるのがいつもの日課です。
けれど3年前の私は、自分が英検1級とTOEIC935点を取得し、英字新聞を読んだり、海外の放送を視聴できるようになるとはこれっぽっちも思っていなかったのです。そう、あの頃は・・・
3年前の11月頃でしょうか。高校生の我が子が「今度英検2級受けるんだけど、お母さんも受けたら?」と声をかけてきました。続いて、「だってお母さん英文科だったんでしょ?」と。
「英文科卒」この言葉は私の中では死語と化していました。なぜなら私は「英文科卒なのに英語が話せなかった」のですから。あ、でも英文科出たのなら読む、聴くのインプットの方はできたんだろうと思われるかもしれませんね。いえいえ、残念ながら惰性で英文科を選んだ私は、英語全般において苦手だったのです。
そもそも大学3年の専門科目を決める段階で、実は世界史を取りたかったのに友人全員が英文科を選んでいたので、提出締め切り寸前に書き直したというエピソードがあるのです。
その結果、英文でのレポート提出時、担当教官に呼び出され叱られたというおまけつきです何故、叱られたか・・・先生はこうおっしゃいました。今でも覚えています。
「こんなふざけて書いたようないい加減なレポートは受け付けられない。こんなことをしてはいけない。」・・・・・先生、違うのです。それは一生懸命時間をかけて精一杯仕上げたものだったのですよ。3単元のsが抜けているのも、冠詞や前置詞の使い方がわかっていないのも、単数、複数の使い分けができていないのもすべて私が無知であったという悲しい理由なのです。
ちなみにこの先生とは今でも年賀状のやり取りをし、昨年は1級取得のこともお伝えしました。「あの頃、今くらい勉強していれば…」という一文を添えて。
では、3年前まで私の英語力はこのときのままだったかというと・・・そうではありません。実は卒業後、とある高校の英語教師を3年間していました。ただし、試験で受かったわけではなく、その学校から空きがあったら自動的に採用してもらえるという
ゆるーい枠にはまっただけなのです。もう、時効かな、と思いますので書きますが、
生徒に教えるため、毎夜毎夜、教科書と文法書、辞書片手に予習をしておりました。このおかげで、この時点では文法については習得できたと思います。
では、読解は?と言いますとある日のこと某難関大を受験する生徒が受け持ちの先生がいらっしゃらないから代わりに教えてくれと、過去問を持ってきたのです。
「うっ、この子は特進クラスの子だな。いや、いくらなんでも解けるだろう。と引き受けたものの、ものの見事に玉砕、そうこうしているうちに担当の先生が戻られ、まるで私をかばってくださるかのように「あー、そうだね。確かにこの問題はわかりにくいねー。とおっしゃる間もなく解答を引き出していた光景を思い出しますと、今でもはずかしくなります。
と、このように英語コンプレックスを卒業できないまま、就職3年目に今の夫と出会い、7ヶ月後にはめでたく寿退社?となったのでした。
それ以後、ですか?ようやく自分が苦手とするものから離れられた解放感と喜びに浸り、これっぽっちも英語に触れることはありませんでした。
そう、あのときまでは・・・
長々と読んでくだってありがとうございました。午後5時になりましたのでそろそろ夕食のおつかいに行かなくては!またのご訪問をお待ち申し上げております。