プロローグ

縄文と弥生 縄文時代は‶天候不順"は無かった!

 地球温暖化ウンヌンの話じゃないよ。

 縄文時代は1万年以上前から3000年くらい前まで。 狩猟の時代と言われている。

 この時代にもエルニーニョだラニーニャだという現象はあっただろうから、単年度の‶天候変動"はあっただろう。 何年かに一度は、クソ暑かったり、いやに涼しい夏だったり、という事はあっただろう。 植物も動物も高温を好むヤツもいれば涼しいと元気になるヤツもいる。 年によって平年より増える獲物、減る獲物がある。 人が狩猟対象とした獲物の比率は変化する。 「ホントはイノシシが好きなんだけど、イタチで我慢するけどさ」「また今日も貝なの」なんて愚痴言うヤツはいつの時代もいる。 「ガタガタ言わず食べろ!食べなきゃ死んじまうよ」とたしなめられる。 平年と得られる獲物の比率は変わっても、贅沢言わなければ生きていくだけのカロリーは獲得できたと考えられている。
 当時の狩猟技術で獲得出来る獲物(カロリー量)は限界が在った。 体力の限界が捕獲量を決める。 育てられる子供の数は制限され人口は少なかった。 常にギリギリの生存で、助けあっていくしかなかった。 縄文遺跡からは争いの痕跡は見られないようだ。

 弥生時代は農作が始まった時代とされる。 農耕は狩猟と比較すると、体力の限界まで行動した結果得られるカロリー量が格段に大きい。 平年の収穫量予測に合わせて育てられるであろう数まで子供を作っちゃうのが人間。 人口は大きく増えた。 平年並みの収穫量を想定した人口となった状態で大きな天候変動があり、主食が生育不良となると‶飢餓"が生じる。
 
 以外に思えるかもしれないが、縄文は大きな飢餓の無い時代。 弥生になって飢餓が発生するようになった。 視点を変えれば、縄文には‶天候不順"という概念は無い。 ‶天候不順"とは人の主食の収穫量が減った時に使われる言葉。 大きく収穫できる‶主食"を決めてしまった結果、‶天候不順"により‶飢餓"が生じる。 「なんだよ、言葉遊びかい?」と言われればそのとうり。

 豊作の年もある。 飢餓を経験したならば、想定以上の収穫物は‶蓄え"としようと考えるのが普通。 その‶蓄え"は誰が?どう?管理するか? ‶蓄え"を管理する者は有利な立場になる。

 飢餓に差し掛かった時「隣の集落に‶蓄え"が充分に在るようだ」なんて情報が入る。 ヤッチまうか! 「こんな天候でも‶蓄え"が持てるのは隣の集落の土が良いからに違いない。」 ‶蓄え"を奪うだけでなく、「隣の集落の連中を追い出して土地を奪ってしまえ!」なんて意見も出てくる。 戦の始まり。 どちらが勝ったにせよ、そこで大活躍した者が「これからはオレが‶蓄え"を管理する」と言い出す。

 ‶蓄え"を管理する者=徴収した税金の使い道を決める者・組織=王・政府。 ‶国"の始まり。

 ‶農耕"が始まり‶国"が出来始まって‶日本史"が始まった、というのが、私の勝手な思い込み。

 次回は日本の‶国"としての初めの文字記録とされる「邪馬台国」