映像が本当に鮮やか。美しい。


登場する女性たちもそれぞれ美しさ、狂気など女性を魅力的にも人を震え上がらせもするような要素をそれぞれ備えている。


加えて遊女たちと深くかかわる男性もそれぞれ素敵で残酷だ。


性的な表現が苦手であまり好きではないのだが、女性の一本通った芯から美しい面と醜い面をこんなに鮮やかに描いている映画もなかなかない。

手法がすばらしい。


映画の鮮やかさも好きだが、原作に漂う独特の色気も好きだ。


蜷川実花さんの写真集を観るように、脈絡もなくチャプターで再生して観たりもする。どのシーンも美しい。


もともと蜷川さんの写真は鮮やかで本物の色があるような気がするので、好きだったがこの映画ではさらにその色に躍動感があるような気がする。

サン=テグジュペリの代表作。中学生の時に読んで以来。


久しぶりに読み返してみると、自分から子どもの感性がずいぶん抜け落ちてしまっていることがよくわかって、自分ではまだ子どものつもりでいることが恥ずかしかった。


王子さまのように一つのことを問いだしたら答えを聞くまでいつまでも問うことをやめない、ということはもうないがこれも子どもの一つの特権であり、大人はそれに答えてあげなければならない(最低限答えようとする努力は絶対に必要)。

私も子どものときはいつもわからないことを質問してばかりいる子どもだったから答えてもらえないときの失望感や驚きはよくわかる。



友達とこの本の話をしていて、ラストが悲しいという意見を言う人がいる、という話を聞いたが、ラストは決してバットエンドではない。主人公にとっては悲しいかもしれないが、王子さまはあるべき場所に体をもってきちんと帰っただけだ。それは絶対的に切り離された冷たい死ではない。


この話の中ではきつねの件が大好きだ。責任の重さを考えないといけない。


この本を主にアルバイトに向かうバスの中で読んでいたのだが、割と大きな本を通勤ラッシュのバスのなかで広げていたのでいわゆる大人たちの注目を集めてしまった。そういう大人は本当に嫌だ。

フランスらしい映画だった。


ベティは最後まで本当に美しくて、感覚中心に生きているところが本当に子どものような純粋さの塊のようで素敵だと思った。

多くの人が覆い隠すような感情をベティは隠したりしない。ただ、純粋すぎるからきっと世界の中で生きていくのは常人以上の(というより別の種類の)痛みやつらさが伴っていたと思う。


ゾルグも色気があって本当に素敵。あんなに「いい男」はなかなかいないと思う。悲哀のあるまなざしや、ベティを何よりも大切に想っているところ、そしてベティとともにいることに生きる意味を見出してそれがベティの望む創作にもつながる。本当にベティとは切っても切れない。


ラストでベティとゾルグがいつまでも一緒にいることができる誰にも邪魔をされない世界を見つけることができたのではないかと思う。