スペインの全盛期 | ゴンタのブログ

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●スペインの全盛期

 オーストリアのハプスブルク家は15世紀後半にネーデルラントを婚姻関係をつうじて獲得し,さらにスペイン王位も継承した。スペイン=ハプスブルク家のカルロス1世は神聖ローマ皇帝(カール5世)を兼ね,伝統的なキリスト教世界の統一を体現する存在となった。しかし,イタリア戦争でフランスとの対立が激化し,東方からはオスマン帝国の勢力が進出してきたこともあって,カルロスはその治世の大半を,複雑に構成された広大な支配領域を維持するための戦いについやした。植民地としたラテンアメリカから流入してくる多量の銀も,戦争と宮廷の維持のために使われ,広範な国民を豊かにすることがなかった。

 1556年カルロス1世が退位すると,ハプスブルク家はスペイン系とオーストリア系にわかれた。スペインはフェリペ2世のもとで全盛期を迎え,1571レパントの海戦でオスマン帝国の海軍を破って,その脅威を一時和らげた。フェリペは1580年にポルトガルの王位を兼ね,スペインとポルトガルの同君連合は1640年まで続いた。その間,スペインはポルトガルの海外植民地も支配下において,「太陽のしずまぬ国」を実現したが,オランダ・イギリスなどの新興国の攻撃をうけて,その力は低下していった。