「ブリジット、遠隔操作モード入ります!」
無菌室のコンセントとブリジットの背中がケーブルで繋がれる。
人間への感染の可能性がゼロでないために開発された、長秋と直哉の合作だ。
本来は人間を治療する為の遠隔手術システムを、アンドロイドであるブリジットの手を使って行われる。
高濃度塩基が染み込んだ布で、ゆっくりとグレースの身体を拭いていく。
その手は確かにブリジットだが、操作しているのはリモコンハンドルを操る長秋だ。
ただ除菌消毒するだけではない。
ブリジットのアイカメラを通してリアルタイムで現在のデータが送られてくる。
病床(?)のグレースを前に不謹慎ではありながらも、ブリジットは喜びを感じていた。
主である長秋の手によって自分の手が操られている。
自分が見た物が直哉によって分析されている。
文字どおり手足となって役立っていることが、ポンコツ扱いされ続けたブリジットに取ってこれ以上ない幸せであった。
だが、この時間はグレースの命の蝋燭の微かな揺らめきに委ねられていることは十分に理解していた。
ブリジットはただ撮っているだけだ。判断はしない。
無菌室内には人工知能を好むカビが蔓延しているからだ。
データの分析・解析は、この遠隔操作システムをも開発した直哉の仕事だ。
「やはり…ただの延命治療に過ぎないか…。
グレースちゃんの記憶回路にまで錆びが侵食するのも時間の問題だな…。
ボディはいくらでも修理交換出来る。
人工知能はいくらでも最新型に取り替えられる。
だが記憶回路はアンドロイドの心そのもので魂だ!
時間が…欲しい…いや、時代を追い越すほどの技術が欲しい!今すぐにだ!」
「柿本、僕達はそれでも前を向かなきゃ。投げ出すことは許されない。
せめてこの闘病記録を次世代に残さないと…。」
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「グレースさん、ブリジットです。」
「今日は少し早いな…それは?」
「はい、在原邸の近所で柿が実をつけましたので。
この無菌室は殺風景ですので、せめてグレースさんに季節の変化だけでも感じてほしくて…。」
「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺か…。」
「正岡子規の句ですね。私のデータにもあります。」
「彼は病床でこの句を読んだ。
妹の介護を受け、弟子が句を聞き取り、編集に伝える。それだけで出版社から膨大な収入で弟子と妹を養っていた
本人は寝たきりでもだ!
そして妹が運んできた柿でのみ、今が秋だと知ったんだ。」
続