「政治が悪い」
「報道が悪い」
なんて毎日の様に誰かが言ってるかと思います。
発言は自由ですが、
「じゃあ、どうするの?」
と思います。
「対案を示せ」
と言えば政治的になりますので控えたいですが、ただイメージしてほしいのです。
「では、良い政治とは何か?」
「良い報道とは何か?」
です。
1 「良い政治とは?」の考察。
これは国民目線では何よりも
「税金の無駄使いをしない」
を挙げる方が多いかと思います。
しかし、役人とは予算を集めることにのみ有能なんですよね。
「何に使うか?」のスローガンばかり美辞麗句を並べるのは天才的でしょう。
しかし、
「どのように使うか?」
にはものすごく不得意かと思います。
一つの案件が中間の段階でイレギュラーなことは起きて当然でしょう。
そもそも政治とは50年100年先を見据えてほしいものであり、世界情勢やテクノロジーの発達で柔軟に対応するのは当然です。
ただ、通り一辺のやり方では暗雲が立ち込めだした時に、釘を刺す側も刺される側も
「しっかり」
「きちんと」
「ちゃんと」
「普通に」
「常識的に」
としか述べない政治家もマスコミも評論家も私は嫌いです。
はい、私は上記4つの
「中身のなさ」
が大嫌いでございます。
己の尺度だけで「普通に~」を連呼して常識を押し付けるのに辟易しております。
勿論、税金の無駄使いとは悪い政治の一端であり、軍事外交や立法においても良い、悪いはあるでしょう。
それはまた別の機会に。
2 「良い報道とは?」の検証
誤報はいけません。
たくさんの人が迷惑します。
では
「今まで誤報をしてないから良い報道」
とは、誰も誉めません。
「空前のスクープ」
が良い報道でしょうか?
「地道に頑張ってる人にスポットを当てるドキュメント」
でしょうか?
そもそもメディアとは伝達手段の「ツール=記録媒体としての道具」であり、ネットが発達した時代では、一般人が情報を発信する側に立つことが簡単になりましたね。事件報道でも視聴者提供の動画が使われてきましたね。
巨大な(マス)通信手段(メディア)を持って発信するからマス=コミュニケーションなんですよね。
日本国民が抱えてる不満は
「ジャーナリズムの方向性」
だと思います。
原稿を読み上げるだけの人間はジャーナリストではありません。事実に対して自分の考えを述べられる人間です。