始まりは穏やかな土曜日の午後だった。
午前中の授業が終われば明日は休み。
萌慎艶戯塾の塾生達は、寮で仲間と過ごす者もいれば、実家に帰省する者居る。
可愛い娘達を全寮制の私塾に預けているのだから、再会を喜ぶ気持ちに人間も妖怪も関係ない。
一、二号生合わせて50名の塾生の殆どが、軽い足取りでスクールバスのステップを踏んだ。
バスの運転席にはラテン系の顔立ちの体格のいい運転手が塾生の人数を最終確認していた。
「もう搭乗者はいねぇか?
乗りてぇ奴は次の便にしな!
なぁに、すぐに帰ぇってくるさぁ!
俺は『配達の悪魔』セエレだからな!」
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あくまでメモなんだからね!
セーレ…序列70番目の悪魔。
その権能はあらゆる物を一瞬で運ぶ運搬能力にある。
瞬きする間に物品を送り届け、また契約主の希望する物を運んでくるという。
魔導書の中のセーレは天馬にまたがる美しき青年だが、本作品のセーレは筋肉質で濃い髭と顔立ちの中年男性である。
これは契約主の真理亜の意向が反映されてると思われ、週末限定のバスの運転手であり、平日は塾に必要な物を運ぶトラック運転手である。
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出発したバスを見つめていた鳥羽かごめに対し、大月教子教官は静かに声をかけた。
「帰省しなくて良かったの?」
「ええ、どうせ私が帰っても、誰も喜びませんよ…。
それより今は、教子師匠から『柔道』を習ってるほうが遥かに充実してますので…。」
「師匠はやめて!」
「いえ、師匠は師匠に違いありません!
それよりも師匠の方こそ大切な週末を私との稽古に費やして…。」
「いいのよ、かごめちゃんは上達が早いから教えてて私も楽しいわ。
それに…私も含めてみんな帰る所を断ち切ってきたからね…。」
「教子師匠は離縁されたのですよね…。
それが良いか悪いか私には判断出来ませんが、私達妖怪の中には、まだまだ女性のから離縁を申し出ることを許されない種族も多数あります。
それだけで人間と人間社会に憧れる理由になります。
あっ、私の憧れは男女平等という意味で…」
その時、耳を突き破りそうな大きな悲鳴が聞こえた。
「中庭の方だわ!
塾生の殆どは残ってないはずなのに!」
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教子を抱え、ガーゴイルの翼を広げ、文字通り『飛んで』きた鳥羽かごめ。
その現場で見たものは…。
塾生の少女は中庭で倒れていた。
そしてここに居るはずのない若い男性が怯えながら立ち尽くしていた。
続