熱い抱擁。
身長差を補う背伸び。
重ね合わされるお互いの口唇。
そして二人から流れる涙の滴。
私の想い人は私にそれをしてくれなかった。
ショックだった…。
玉野秋成が慎太郎に対しての異様な執着はわかっていた。
何度もその可能性は考えた。
玉野はポジションのパートナーとか、クラスメートの友情を越えた「恋愛感情」を慎太郎に抱いてるんだろうなって。
だから怖かった。
「慎太郎を強奪する為に自分が酷い目に遭わされるから?」
うん、それも確かに怖い。
でも、私が本当に恐れていたのは、玉野が私よりも慎太郎の深い所を理解してて、慎太郎自らが選択するかもしれないっていうこと。
ショックだった…。
玉野と慎太郎のキスシーンの悪夢は何度か見たけど、それは強引に玉野からする場合だ。
慎太郎の方からのキスは、私の気持ちを二度殺した。
せめてもの救いは、慎太郎自身がこれを「人助け」と言い聞かせようとしてること。
芽生えはじめた恋心をまだ否定しようとしてること。
そう、強い情熱を持ちながらそれを否定したのの香の様に…
「って、のの香!早乙女さん!助けてよ~!
貴女達の推しメンがBL堕ちしてるよ!
今すぐスタンドからベンチに来てよ~!」
「無駄だよ、東瀬さん。
女子達は応援に夢中だし、こっちの様子はわからないよ。」
「貴川西!五番の玉野君にアクシデントなら代打か?あまり長いと遅延行為と見なすぞ!この試合は警告試合として…。」
「ええ、大丈夫ですよ。玉野君のコンタクトレンズが壊れて、他の選手から予備を借りてただけですよ。
玉野君、行けるね?」
「はい、お待たせして申し訳ありません…。」
「よし、代打はなしだね、プレイ再開だ。」
軽く涙を拭って自分のバットを握る玉野。
何かが吹っ切れた様に清々しく打席に向かった。
寧ろ、送り出す慎太郎の方が不安気だった。
「闘魂注入でビンタならわかるけど、まさかのラブ注入とはな…。」
「上手く言わないでください、慎太郎も笑うとこじゃないし!」
「コンタクトとは上手い誤魔化しだったね、まぁ、入れるのは違う…。」
「私というレディが居る前でみんなやめてください!」
「フム、これも球春…。」
「監督まで感慨に耽らないでください!それ駄目な方の『春』だし!青春じゃなくて不祥事ですから!!」
……。
でも、何故だろう?
みんな一緒に玉野を応援するのは凄く清々しかった。
続